岐阜でのグリーンウッドワークの椅子づくりを終えて帰宅して数日後、おとなりさんが庭木の剪定をされていて、うちの伸び放題のセンダンも「ついでに切りましょうか?」と言ってくださり、どどーんと切ってくださいました。
2月になったらセンダンの剪定をしないと、と自分も手帳にずっと書いてたのですが、でも岐阜から帰った後は仕事がぱつぱつで動けずだったので、助かりました。
それで、仕事がひと段落した翌日、大好きなセンダンの枝たちがフレッシュなうちに椅子づくりのおさらいもかねて、小さいスツールを作ってみようと思い立ちました。夕方から寝るまで、スツールのパーツ(貫と座枠)を削り。。。
その晩はおふとんに入ってからも一晩中、岐阜で体験したような筋肉痛をまた体験できて、うれしかった。。。痛かったけど。
スツールは、手持ちの道具でできる範囲のもの、になるので、岐阜
で教わった椅子のようにはできないし、センダンの枝もそれほど径が大きいものが多くはないので、丸いままの枝も一部使ってみることにしました。丸いままの枝を使うと、強度が弱くなるなど問題はあるのだけど、今までセンダンの枝とつきあってきたここ数年を経て、丸いままのセンダン枝は乾くと結構しっかりするように思えたので、トライしてみることに。
センダンは成長がとっても速くて、剪定枝の年輪は2ミリ〜5ミリくらい。グリーンウッドワークを最初に教わったマイク・アボットさんは、使う材の年輪は「できるだけ2〜5ミリくらい」のものを狙うように、とおっしゃっていて、その基準においては、いい感じになってしまうのでした。ただセンダンは成長が速すぎてやばくないか?と思う。まあ、やってみて、調べてみるしかありません。。。
生木の枝を丸いまま使って家具作りをしているアリソン・オスピナさんのやり方と、生木を割って椅子づくりをしているマイクさんのやり方と、岐阜の森林アカデミーで教わったこととを、ごちゃまぜにして実験です☆
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ひさしぶりに使ったマイ削り馬は、まだ改良途中のままだったので、ちょっと使いづらかったのでした。。なのでパーツを削り終わって、干物のように吊るして乾かしているあいだに、改良を試みました。
全体の「やわさ」をもう少し何とかすることが最大の課題。ボディがぐらぐらすることは、脚の長さや角度を調節することで、だいぶん大丈夫なレベルになりました。
あとはボディがもうすこし細いと自分の脚の動きが楽になるなあ、と感じたので、ボディをもう少し削り落しました。のこぎりで、ここまで、というところに切り目を入れて、鉈で叩いて割り取ってから、銑でけずりあげ。
フレームも、穴の高さと押さえの高さを両方、もうちょっと上げて、あと、フレームにペダルをかませました。穴あけは、鏡で角度をみながらがんばりましたが、やっぱり少しまがった。。。前よりはだいぶましになりましたが!
ペダルは、森林アカデミーの久津輪さんとグリーンウッドワーク研究所の加藤さんがデザインされている削り馬「オリガミ・ホース」のアイデアを参考に。足のリーチが少なくて済むので、楽になります。以前、近所のガラス屋さんが閉店するときに、前を通りがかって、ごみになろうとしていた古い棚のパーツがあったので、おかみさんにもらってきたのだけど、そのときの板がペダルにぴったりでした。切ったりする必要なく、ピタッときた。
作業台に高さを出す「ライザー」の部分は、いままでは、「角」をつき刺してボディとつないでいただけで、ときどきぐらぐらしたので、これもボディの鼻先にちょうつがいで接続しました。取り外し可能なちょうつがいが、たまたま手元にあったので、つけてみた。安定感が大分増しました。
あとはライザーをもっと短く切るかどうかが迷いどころです。当初「膝乗せ型削り馬」としてつくった部分なので、今後も膝乗せ式で使えるようにしときたい気持ちもあったり。でも膝乗せ式は腰にしばりつけなきゃなので、一度作業を始めると、取り外しが面倒で。。やっぱりあまり使わないかなあ、とも思ったり。
とりあえず当面はこれで使ってみて、短くしたくなったときに、また考えようかと思います。短くした場合は、その上の作業台と、ちょうつがいで連結してもよさそうで(「オリガミ・ホース」の作業台のように)それはそれで、あこがれがあります。。。
現状だとこう折り畳まるのだけど、ライザーを短くすれば、もっとコンパクトになるかも、とも思っています。
ライザーをボディに固定するための「角」は、こんなに長い必要はまったくないのだけど、楽しいので長いまま使っていました。今回、「もしかしたら何かのときに使えるかも」といろいろなものをとってある引き出しを開けてみたら、前の家でつかっていたトイレットペーパーホルダー(今の家では使えない形だったのでしまいこまれていました)が発見されて。これってもしかして、と角に付けてみたら、ツールホルダーになりました。ひょっとして便利かな?鉛筆や定規、ナイフ、削り馬の作業台調節用ブロックなんかを、ほうりこんでみました。「角」はなぜか右に大きくまがっているので、それも、ツール入れを下げるにはちょうどよかったような?
こんなして手持ちのものや身の周りのもので、ああでもない、こうでもない、とやりながらグリーンウッドワークのものづくりや道具づくりをするのが、とっても楽しいです。「ムーミンパパ」状態、と自認しています(汗)。でもわたしにできるなら、普通の人にできることなので、人体実験といいますか、「体力なし、車なし、手先の器用さ今ひとつ」で、予算も最低限でも、そんなにおおがかりなものをつくるんでないなら、そこそこ楽しくグリーンウッドワークができることを、身を持って示せたら楽しいかな、と思っています。
しかし木工の素養もないまま、パッションだけでグリーンウッドワークにとび込んで、いまだにパッションだけでほそぼそと学びと実験を続けていて。。。あいかわらずノコギリもまっすぐ切れないし、穴をあけてもなぜかまがるし、これは自分の人生の縮図のようだ、と思います(汗)。どうもいつも「大丈夫かな」とそろりそろりとやっていて、思い切りが足りないというか、腹が座っていないというか。ここっと決めたら、あとは腹を据えて一気に最後まで穴を開けていく、とかそういうふうにやるほうが、うまくいくんだよなあ、という体験を何度かしています。グリーンウッドワークを通じて、すこしずつでも思い切りのよさ&おおらかさが身に付いたらうれしい。。
おおらかさの部分は、グリーンウッドワークは指し物細工みたいな正確さは要求されなくて、アバウトでも大丈夫、という部分があるためです。生木から繊維をなるべく断ちきらずに割って削ってパーツを作った構造物は、しなかやさがあって、多少の誤差にも対応できるみたいです。そういうところがすごくすきです。
バレエはぜんぜん好きじゃなかったけど、イサドラ・ダンカン・ダンスはあんなにも大好きだった、それと似ているなあ、と思うこともあります。バレエは振り付けという動きを体に押し当てる感じがあって、人工的に感じられていました。やりたいと思ったことはなかった。。イサドラ・ダンカンのダンスは、振りはあるのだけど、動きは中から出てくるようでないといけなかった。そして「体が違えば動きも違って当然」、「動きは自然界から学びなさい、葉っぱが揺れるようす、浜辺に寄せる波、風に乗る鳥などなどをよく観察して」「音楽が体に作用するのを感じてから動くこと」と教わって、ほんとうによろこびの中で音楽とひとつになる経験が(ほんの少しだけど)ありました。
普通の木工はやりたいと思えずにいるのだけど、グリーンウッドワークはこんなにも大好きなのも、グリーンウッドワークは、こちらが決めた形を材に押し当てるというよりも、実現したい形はありつつも、そのなかで自然の摂理にゆだねる部分が大きいからなのかなあと思います。そして身近な木とも一緒にできるところが大きい。。。剪定した後のセンダンとも、こうしてさまざまに一緒に過ごせることは、ほんとうにうれしいことです。
森とつながりたい、というのはもちろんあるのだけど、その一歩として、自分の部屋のすぐ外に生えている、このセンダンとつながる、というのが、自分にはしっくりきています。
ほんとうに楽しい緑の木工のことを教えてくれたともだちの(わ)ちん、知識や経験を分かち合ってくださってるグリーンウッドワーカーのみなさん、ありがとうございます :)