2008年05月15日

凍結していたもの

Img_1994きのうまで涙がたくさん出ていました。ここ数日で出た涙は、牛乳瓶半分くらい? ほんとに瓶に溜めてみればよかったなあ、とおもったり。。

連日の曇り空だったのが、今日はきれいに晴れて、気分も晴れました。お洗濯をして、おふとんを干して、そうじをして、新しい小さな家具を組み立てて、今日がお誕生日の人のプレゼントにクッキーを焼いて。

仕事が忙しかったときには考えられないような、心の余裕を持っている自分に気づきました。特にお菓子をつくるときはそう思う。慌てて急いでお菓子をつくっているときでさえも、心はたっぷりしているのでした。

一生懸命忙しく働いていたなあ、とここしばらくを振り返る。忙しかった日々が終わった直後は、急にぽっかり開いた時間にどう対応していいかわからなくなっていた。

ずっと凍結されていた”自発性”が液化して、自分の中から「これをしたいな」ということが、はっきり出てくるようになるまで、約1週間かかりました。

ここ数日で涙が大量に出たり、感情が大幅に動いたりしたのも、おそらく、やっぱり凍結→液化の流れだったのかもしれません。

仕事を決まった時間内に完遂するために、全般的に凍結していたさまざまなもの・こと・気持ちが、液化して、やっとすこし、人間らしい心地がしています。

* * *

あ、でも、液化をスムーズにしてくださったのは、やっぱり、お絵かきの先生の存在だろうかなあ。。。10天体の「火星」を描きに行って、今まで自分の持っていた火星のイメージがなんだかシフトしました。

わたしのチャートの火星とは、霧の中の焚き火みたいな、ぼうっとしたもののようでした。ぎゅっと固まって燃えさかる火の玉、という感じではないらしく。。

積極性をあらわす火星が、こうぼうっとしているのだから、手相で運命線がぼーんやりしているのも不思議はないな、と思いました。

でもやはり火星は火星なのだから、積極的にこの「ぼんやり」の境地で活動している/活動していくのだろうなぁ。。

posted by な at 13:47| Comment(0) | 天体と自分

2008年02月01日

13

13が不穏だといわれるのは、12という数字で表される「クローズトシステム」に切り込んでくる数字だからなのだけれど、それが「不穏」なのは「12の世界」の内側から見たときだけだそうです。

タロットのお絵かきをとおして、うっすらと学んだところでは、12「吊られた人」で外界との接触を断ってひきこもり、13「死神」で、そのひきこもった「さなぎ」のようなものに切れ目が入る。

12では、外界との接触を断っているんだけれども、内部はとても活発なのが特徴で。外からの刺激を断つことで、かえって内部でなにかが充実していて。。。ある意味、豊かな世界が展開しているのですね。。

でも、じゅうぶん12の世界が充実したときには、外からの刺激を取り込む余地をつくっていかないと、自家中毒になってしまうから、そのときには13の到来はウェルカムなのだと思われます。

でも12の世界内に同一化している視点からは、13の到来は決して「ウェルカム!」とにこやかに迎え入れられるような「さわやか」な変化ではないよなあ。。この(ある意味「完成された」)世界内にはまったく居場所のないような、まったく異質のものが、無理やり入り込んできたら、やっぱり動揺するよなあ。。。

なんてことを思うこの頃です。

入り込んでくる異質なものを、わたしはどうしたって押し戻そうとしたくなるけれど。。「それ」が来てくれたことを逆に心から喜んで「ウェルカム!」と言ってくれる人もいたっけと思い出しました。尊敬する、プロセスワーカーのみなさん。。。

12の世界と同一化している人が嫌がる、13の要素を、アーニー(プロセスワークの創始者)が本当に嬉しそうに「君に会えて嬉しいよ」と迎えていた光景が、今でも鮮明に印象に残っています。

12の世界が13の要素を取り込んでいくプロセスを、そうやって助けていたっけなあ。。。

posted by な at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 天体と自分

2008年01月12日

お告げコーヒーの夢

ことしの初夢は思い出せなかったんだけれど。。。1月5日の朝に見た夢は印象的でした。インドの田舎のお茶屋さんみたいなところへ連れて行かれて、コーヒーを淹れてもらう夢。ひなびた旧式の小型卓上コンロで淹れるそのコーヒーは「お告げコーヒー」みたいな位置づけでした、なぜか。

そのお告げコーヒーをいただくために連れて行かれたのだけれど、事情があって、結局、コーヒーポットに湯気が立ってはいたけれど、そのままうやむやになり。。。

そこへ連れて行ってくれたインド人の人がお茶屋さんから出て行くとき、手からなにかが落ちて土の床でくだけました。コハク色というかトパーズ色のガラスのようなピラミッド形のもの。とても大切なもののはず。くだけて、小さい先端部分だったところのピラミッドと、他のかけらとになりました。

大変、と思って、わたしがあわてて拾い集めようとしていると、その人はまったく動揺もしていなくて、むしろ落ち着いており、「いいのです、小さくなって、いいのです。ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩ということです、これで」みたいなことを言いました。なにか神託めいたメッセージに聞こえました。

その人の手からは、さらに他にも、数珠のようなネックレスやいろんなものが落ちていて、わたしはびっくりして「I didn't know you had so many things in your hand!」と言いました。

* * *

数日後、久しぶりのお絵かきのセッションでぼんやり絵を描いていて、なんとなく、あの夢に出てきたトパーズ色のピラミッド形のガラス体を描きたくなって、画面に描き込みました。

描いた絵をリーディングしてくださった先生は、ピラミッドというのは、自然にはない形、人間がつくった形です、それがこういう水晶でできているというのは、人間の理念の粋、結晶、というふうにとれます、とおっしゃいました。

夢の話をすると、どうやらそれは冥王星が射手座から山羊座へもうすぐ移動する、そのことを言っているようですね、ということでした。

射手座から山羊座、というのは、高尚な理念・哲学(射手座で育んだもの)を、地に足の着いた世界(山羊座)へ落とし込むプロセスを指すことになるそうで。。この「落とし込む」過程では、「理想」を「現実」とすりあわせていくなかで、大きく膨らんでいた理想が、もっとコンパクトに、もっと不完全形なるってことも含まれてくるようです。。。

あの夢の場合、このプロセスが、かの人が手にしていたピラミッド形のオブジェを「土間」(山羊座は「土」のサインです)に「落とし」、そこで小さく「割れる」ってことに象徴されていたみたい。。。

「ゆっくりゆっくり、一歩ずつ、それでいいのです」というメッセージを、受け止めようとしているところです。

posted by な at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 天体と自分