2011年12月01日

月の道

Img_0949 これが最後かもしれない。と、うっすら思いつつ、普通にさよならを言って、遠方へ帰っていく友達と別れたのでした。今夜。

これが最後かもしれない、といううっすらした思いには、まるで根拠はないのだけれども。その根拠のない感覚のために、どうやら腹が据わっている、というヘンな状態。

そして、みぞおちに穴が開いてしまわないように、鉢植えにお水をあげるようにして自分に音楽をたくさん降り注いでおる。。。

「生きることの目的は?」の質問に、ダライ・ラマは即座に「幸せになること」と答えた、という話を今日聞いて、その幸せの質というのは、今のわたしのように、こんなに刹那的なものでもいいのかな?と疑問がよぎった、少し。

「記憶力ががた落ちして、いろんなことをすぐ忘れちゃうようになったし、難しいことをずうっと追って考えていくことができなくなった」と話したら、ぱちぱちぱち、と拍手されて「それはとってもいいことだよ」と言われた。ほんとかなぁ?と思った、少し。

わからないや。。。

わからなさの中に、いる。この頃。それでもって、そうしていると、わりとすぐ、わからないことがなんだったかも忘れる。。。

わからないことは、わかろうとするとか、深追いするとか、前ならもう少し、そういう衝動があったはずなんだけどなぁ。

こんなふうでいいのかなぁと、かすかな不安があるんだけれど、でも全体的にはかなりラクです。。

これは、月の道かな。。。?




posted by な at 03:04| Comment(0) | 天体と自分

2011年08月09日

指先から

Img_0300 夏真っ盛り。

1週間前に、庭で草むしりをした後、うっすら痛み出した右手の数本の指先が、とうとうパンパンに腫れ出して、ちょっと触れるだけでも痛いくらいになってしまい。。。 パソコンのキーを打つのがプチ大変になってきました。

なににも触れていないときも、ずきん、ずきん。

このところ、身近な人とのコミュニケーションのとり方に、主観的に、むむむ、という変化が出始めてるのを感じてて、省みてみたら、あ、3ハウスにトランジットの土星が入ったとこだ、と気づいたのだけれど。。。

この指事件を受けて、ひょっとしたら、人体の部位のうち、手指をつかさどるのも3ハウスだったりして。。。と思い立ち、調べてみたら、ビンゴでした。

この指先の痛みがもし、土星の洗礼だとしたら。。この指は、これからどんなふうに、生まれ変わるんだろうなー。。

ちょっと前に、遠方の友達が、「(な)に読ませたいと思っていたんだ」といって、ある漫画のお話全11巻を、どどーんと送ってきてくれたのだけれど、その中に出てくる、ネイチャー系カメラマン(一時はネーチャン系になっていたのが、またそこに背を向けてネイチャーに戻る)が、冬山で遭難するシーン。

手指も凍傷して、死後の世界へ足を突っ込むのだけれど、そこで、亡き師匠(南洋のネイチャーを撮っていた写真家)に会う。その師匠が、両手の指を「新しく」してくれる。この指で、これから、おまえは自分の写真を撮るんだ、みたいな(うろおぼえ。。)ことを言って。

で、昏睡から覚めるのです。新しい指とともに。

* * *

Img_6771 指先のほんのさきっぽだけのことなのに、こう痛くなってみると、仕事の翻訳や、こうやってブログを書くとき、言葉を繰り出す行為を、指先に頼っているんだな、と実感する。

翻訳の仕事、楽しくがんばってやっているけれど、じつは心のどこかで、もうこういうことは終わりにしたいと、ずっと思ってきていて。。そう思っていても一向にやめない、やめられない(金銭生活上)のが続いていて。

しかし、指先がこんなふうに痛くなったら、休み休みしかできへん。。

変わっていくことについていけるか、そのあたりがポイントかな、と思うこの頃。

頭も。。。記憶力がガタッと落ちたのを感じたのは、確か去年だったけど、今年は、さらに、考えの粘着成分がなくなってきてるようで、考えがなかなかまとまらない。。。バラ バラ と、すぐにばらけていってしまう。

困ったなー。。と思ってるうちに、だんだん慣れていくんだけれど。そうやって半歩後ろからしぶしぶ、ではなくて、おんなじ風にのっかる、というのはどうだろうな?

posted by な at 00:01| Comment(2) | 天体と自分

2009年07月23日

日食新月

Photo 昨日は日食新月のため、お休みをとって、パートナーと海へ行きました。

そしたら、地元でヨガを教えてくださってるせんせいが、なんとおんなじ電車&おんなじバスで、おんなじ海岸のおんなじ海の家に、来てたのでした。。。!

(注:海岸は地元の駅からぜんぜん近くありません、2時間近くかかるところにあるのです、しかも、他にも海岸はあって、地元からいちばん便利のいい海岸というわけでもない。。 そしてこの海岸には海の家も、5件くらいあるのです)

きわめつけは。。。この海岸から隣の海岸まで、バス停5つぶんくらいの距離をゆっくり散歩してから、そろそろ帰ろかー、とバスに乗ったら、なんとこのバスに、またせんせいたちが乗っていてびっくり。

これだけ偶然が重なる確率ってどのくらいだろう。。?

ヨガは、ダンスの日と重なることが多くて、たまーに思い出したように出る、という具合なんだけれど。。もう少しマメに出たほうがよい、ということだろうか。

こんな常連でもないわたしのことも、せんせい、覚えててくださって、明るく声かけてくださって、うれしかった。。それにしても、せんせいも、お友達のヨガティーチャーのみなさんも、みんなおしゃれでかわいくて、なんというか、ちょっと気後れしてしまった :)

「すてきだな」と思う人に接するときって、どこか緊張しちゃう、そういうのありますね。。

* * *

曇り空の海岸はすてきでした。午前中はすごく潮が引いていて、普段は水の中にある岩場があらわになっていて、ヤドカリやカニや小さい魚がいっぱいいるのが見えました。

小学生の一群が「ネイチャー散策」に来ていて、先生がときおりメガホンで「ここにシラスの大群がいるぞー」などと言っていました。子どもたちはあちこちでしゃがみこんで、岩の間のたまり水に手を突っ込んだりしていました。

「日食は見ちゃいけない」と、グアテマラの地元の人たちも、ホピの人たちも、そう信じて日食が終わるまでは家の中にこもる、と聞いてから、わたしはなんとなく、アウトドアで日食観測してもいいのだろうか。。と不安に思っていました。

なので、海岸の反対側の森が、空に向かって濃厚な霧を吐いて、空一面が雲で覆われているいだに日食が終わって、どこかホッとしました。

日食が終わったあとは、同じ曇り空だったけれどまた明るさが戻ってきて。

ちょっとのあいだ日差しに波頭がキラキラしたりもしました。

ずーーーっとゆっくり海を見ながら、パートナーと話をして、カレーを食べて、お茶を飲んで、書きものをして、本を読みました。

本は、だいすきなサーファーミュージシャン、ジャック・ジョンソンの伝記本。彼の人生の優先事項に激しく共感していました。

* * *

Img_4402 海でのんびり過ごした後、夜は通勤ラッシュに動揺しつつ街なかのレストランに移動して、来月お引越しするともだちのためにパーティーしました。

気の合う人たちと、ゆっくりごはんを食べて、夜道を散歩して、たのしかった。

マヤの暦では、このあと25日が「時間から外れた日」(大晦日)で、26日が「元旦」にあたるそう。

なにか、新しい日々へシフトするサインが、そこここにちりばめられているような感じだなぁ、このところ。。

posted by な at 15:15| Comment(0) | 天体と自分