2016年07月03日

粗型の椅子

20160701_211124 七夕のおねがいごとって、つい見入ってしまいます。たのしくて。とくに、こどものみなさんの。。。20160701_154122 かなり前衛的な短冊もありました。

さて、昨日はすっかり夏日でしたが、『ゴッホの椅子』の著者、久津輪雅さんの出版記念講演会に、中野のモノ・モノさんまで行ってきました。(ここは故秋岡芳夫さんゆかりの場所だそうです、初めておじゃましましたが、木工の素養がないままグリーンウッドワークをはじめちゃったわたしが、木工関係の本を読み始めたときに、ぐぐぐっときたのが秋岡さんのご本だったことを思い出しました。)

講演では、久津輪さんとそのお仲間の日本のグリーンウッドワーカーのみなさんが、ゴッホの椅子を「グリーンウッドワークでつくる椅子」として見出された経緯、縁あって実物に出会い、作られ方を調査して復元していった経緯についてのお話に、ほんとにわくわくしました。そこからさらにご縁があって、黒田辰秋さんがスペインで撮影したゴッホの椅子づくりのフィルムに出会い。。。さらに取材を進めるうちに、さまざまな出会いや発見があって。。。と、この本が出るまでの流れは、本そのものには書いていなかったお話ですが、とても興味深かったです。   

こうした経緯があって、いま、この椅子の作り方を、グリーンウッドワーク界に(日本だけでなく海外でも)広く楽しく共有してくださっていること、ありがたいことだなあ!と、改めて思いました。

グリーンウッドワーク研究所の加藤さんのつくられたゴッホの椅子も、現物をまじかで拝見して、(し)さん(岐阜での椅子づくりでご一緒した方)と、「いいですよね〜〜これ〜〜」と言い募って愛でていました。

このゴッホの椅子の伝統的な作り方にこうして久津輪さんたちが注目したこともあって、この椅子がつくられてきたスペイン・アンダルシア地方のグアディスという町では、ただいま、この椅子をテーマにした展覧会「グアディスー日本 1967-2016 皇居の椅子」が開催中だそうです。12歳からこの椅子を作り続けてきた職人さん、マノロ・ロドリゲスさんが、ちょうど65歳で退職されるにあたり、それに合わせてのサプライズ開催になったそうですが、今まで現地ではあまりにありふれた存在で、別段注目されることのなかったこの椅子と、椅子職人さんと、その技術・道具などが、初めて脚光を浴びることになったそうなのです。

久津輪さんはお住まいの岐阜県でも、跡を継ぐ人がもういない、という状況になりそうだった伝統工芸(鵜飼かご作り、和傘、和舟など)の職人さんの技がそこで絶えてしまわないように、さまざまに奮闘してこられていて、こうした技のかけがえのなさにみんなが気づいて動き出すような活動をしてくださってますが、遠くスペインの地でも同じことをされたんだなあ。。すごい。

20160703_044525 講演会の後、久津輪さんにサインをいただきました。これまでサインをもらってきた、台湾の原住民作家シャマン・ラポガンさん、インドの環境活動家サティシュ・クマールさん、イギリスのグリーンウッドワーカーのマイク・アボットさん、ミュージシャンのカジヒデキさんに続く、5つめのサインです。。

モノ・モノさんでは、7/5まで『ゴッホの椅子』関連資料の展示をしています :)

* * *

帰り道の電車の中、ちょっと興奮した心のまま振り返っていて、「わずか15分で1脚仕上がる」というこの椅子、刃もの1本・ドリル1本・ノコギリ1本のみでつくるこの椅子、おおらかでおおざっぱだけど年月を経た確かさのあるデザインや作り方に、改めてあこがれの境地を見た気がしました。

作家さんのつくる「作品」というような完成度の高さではなくて、無名の人がつくった普段使いの生活道具としての親しみと頼りやすさのようなもの。多少不具合があってもうまく折り合いをつけたりしながら毎日使い込んで、日々一緒に過ごしていくようなもの。そういうものがすきだあ、と。。。

そういえば、初めてグリーンウッドワークで椅子をつくったとき、マイクさんのところの森の工房で、ひとりひとりがどんな椅子をつくりたいか決めるように言われて、サンプル見本として、マイクさんとマイクさんの歴代のアシスタントさんたちがつくってきた現物の椅子(これは毎日食事をするときにわたしたちが実際に使う椅子でもあるんだけど)を見比べる時間がありました。

あのとき、まっさきに「こんなのがいいな」と思ったのが、マイクさんの初期のアシスタントだったフランツさんという方がつくったというスピンドルチェアだったんだけれど、それは、脚も、背もたれ部分のパーツも、ざっくりとした削り跡が残っていて、サンドペーパーをかけたようには見えなくて、素朴なルックスでした。椅子のデザインそのものも素朴だったけど、そうした仕上がりの雰囲気も、注意深さがなくて、そこが魅力的でした。「こういうのがつくりたいです」とマイクさんに言うと、「これかい、これはぱぱっと、ものすごく短時間でつくった椅子なんだよ」とマイクさんは言っていたっけ。

で、わたしはみんなよりものすごく作業がおそかったのと、南京鉋が苦手だったのとで、南京鉋を使う工程をまるっと省き、ドローナイフ(銑)で削っただけの表面のまま、少しだけサンドペーパーをかけて仕上げたので、ぜんぜん「ぱぱっと」つくらなかったわりにはフランツさんの椅子のような荒削りな感じに(ちょびっと)なりました。それがうれしかったりしたのでした。

スペイン・アンダルシアの「ゴッホの椅子」も、削っただけの白木の椅子は「粗型の椅子」と呼ばれていて、脚を旋盤でなめらかな円柱に削り上げて彩色した椅子のほうが高級とされているそうですが、やっぱりざっくり削っただけの白木の「粗型の椅子」のほうが、魅力的だなあと思ってしまいます。

そういう、手の痕跡があるもの、素材の質感が素のままにあるものに、親しみが湧くってことなのかな。。ブッシュクラフトに惹かれるのも、同じ理由かなあ。。。

でも自分で使うものを好きにつくるならそれでいいけど、人にプレゼントする、とか、作り方を人に伝えるために覚える、とかいうふうに、人が関わってくると、すごく完成度を気にして注意深ーくなってしまうのでした。それで作業がただでさえ遅いのに、ドツボに。。。

自分が好きだーと思うものを気ままにつくるだけーというのが、ほんとうは一番精神的にもよさそうなのに。。。なんでこうなっちゃうんだろう(汗)。

まずは、小物のスプーンから、もうすこし思い切りよく、ざっくりと作ってみる練習をするかなあ。。。

20160703_050214 写真は最近のちびスプーンたち。そういえば、このなかの柄が角ばってる1本は、わりとざっくりつくれたほうでした。実はこれは、『ゴッホの椅子』の本の中に出てきた、黒田乾吉さん作のスプーンがかわいいなと思って、数時間だけ時間があった夜に真似してつくってみたのですが、ぜんぜん似なかったもの(汗)。でもこの柄をざっくり削るのは、やってて楽しかった!

「ざっくり道」へ、もっと思い切り行くためにも、まずは刃もののお手入れをちゃんと身につけたい。。

posted by な at 05:10| Comment(0) | むかし

2016年06月28日

本「ゴッホの椅子」から〜スペインの生木の椅子と、中国の曲木椅子〜

20160617_175422 最近どうも、元気が出なくて、こまっています。少しなにかすると、ふうと疲れて。いろんなことを、うまく考えられない、ということもあって。何が起きているんだろう。湿気のせい? 忙しかったせい? 自分の元気のよりどころを見失っているかのようなふうでもあります。

でも昨日はようやっと、竹藪がさっぱりと刈られて日当たりがよくなった西側の窓辺に、ふうせんかずらでグリーンカーテンを仕立てることができました。ふうせんかずらの種は3つずつポットに撒いておいたら、1粒だけ不発でしたが、23粒は全部発芽して、立派な苗になりました。一部には、もう小さな白い花をつけている苗もいます。

20160628_152458 グリーンカーテン用に、南側の窓辺に12本、西側に9本植えて、2本はあんどん仕立てにして楽しませてもらうことに。

さて、元気が足りないので、最近ちょっと元気が出たことを思い出してみる。。

グリーンウッドワーク指導者養成講座でお世話になっている森林文化アカデミーの久津輪さんが、先日本をお出しになって、それにともなって、黒田辰秋氏がスペインで1967年に撮影された生木の椅子づくりの映像をシェアしてくださいました。

見たら、目からうろこ!でした。道具がとにかくシンプルでぐっときます。メインの作業台は、削り馬ではなくて、細い台。その台の上には様々な場所に穴がうがってあって、その穴に差し込めて取り付けられるようになっている木のかたまりがあります。自分の胸に板をぶらさげて、その板と、この台にとりつけた木のかたまりとのあいだに、椅子の部材をはさんで削るのです(ドローナイフのように引いて削るのでなく、押し削り)。

そして椅子の脚は、小径木そのままを、樹皮をはいで荒削りしたもの(すなわち芯持ち材)。貫・座枠は同じくらいの径の枝を半割にして整形していました。

なによりびっくりだったのが、ホゾ。貫・座枠の整形をするとき、そのまま端のホゾまで一気に四角っぽく削って終わりらしいこと。別途ホゾをつけるという作業がない。。。四角ばったこの端っこを、そのまま丸い穴に打ち込むのでした。要所要所、木釘で留めることはしていたみたいです(もしくはボンドで)。

穴開けも豪快だった。。。ドリルの形状も魅力的で。そして穴開けもやっぱり、胸に穴開け用の板をぶらさげて(この板にはまん中に丸いくぼみがうがってあって)、ドリルの手前側をこの板の穴にはめて、ドリルの先端は、台に載せた材に当てて、上から体重をかけながら回していきます。すごくムダがない。。。

そして途中でわきを大勢のヤギが通ったり、終始くわえタバコで作業をする姿、かっこよすぎます。。。

プチ興奮状態に入って、見入ってしまいました。脚は芯持ち材だけど、生木の芯持ち材で割れは大丈夫だったのか?とか、樹種は何を使ってるのか?とか、どのくらいのなま具合なんだろうか?とか、いろいろ疑問がわいて、久津輪さんの本をさっそく入手しました(もともと出たら買う♫と決めてた本ですが、実は予算の関係で7月までがまんしようと思ってたのに、でも、どうしてもがまんできなくなりました)。

Photo 届いて、一気読みしました。とても視野が深くて広くて、ひきこまれた。歴史をひもとき、国をまたぎ、地域をまたぎ、さまざまな人たちの視点を含んでいて。とりわけ民藝運動について、そして木工家の黒田辰秋さんに、迫っています。。。そして久津輪さんが去年行かれた、スペイン取材の章が特にとても興味深かった!

こうした椅子が生まれた背景は、ロマの人たちの文化との関わりがあったらしいこと、洞窟暮らしとも関係がありそうなことなど。

今度、久津輪さんのお話会を聴きにいくのが楽しみです。で、ゴッホの椅子については今日はちょっと置いておいて、ここからは、この本のおかげで存在を知った、中国の曲木椅子のこと。

黒田辰秋さんが、「ゴッホの椅子」という愛称がついているこのスペイン・アンダルシアの椅子を、こうも深く愛していながら、宮内庁から依頼を受けた皇居で使う椅子をつくるにあたっては、中国の曲木椅子を原型にデザインしていったこと、興味深かったです。

黒田さんは、「ゴッホの椅子」と、中国の曲木椅子を、「民芸木工の椅子として両横綱と言える内容を持っている」と言っていたそう。そして「日本人による日本のための椅子」をつくることに、こだわっていたらしい。

わたしは中国の曲木椅子については、何も知らなかったので、久津輪さんの本の図版でみて、不思議なつくりだなあと思いました。パーツは無垢材なんだけど、前脚〜座枠の1本〜後脚が1本の木でできていて、2カ所で曲げをきかせてある。脚と座面がまずあって、背もたれは構造上、後付けな感じ。地にどかっと4つ脚をつけてある感じ、地面に近い感じがあるというか。気の流れとして、地面から前脚を通って上がってきて、ずうっと連続してそのまま後脚を降りて、また地面に帰る、という流れが際立つというか。

「ゴッホの椅子」や、わたしがマイクさんから教わったスピンドルチェアや、久津輪さん・加藤さんから教わったラダーバックチェアは、後脚がそのまま長く伸びて背もたれになっています。だから構造上は、この垂直性が際立ちます。地面から離れて、天へ向かう方向性というか。地面から脚をとおって上がってくる気の流れは、4本の脚すべてにおいて、上がりきってその上空に拡散する感じ。

中国の曲木椅子は、曲木という面倒な手順を加えてまで、どうしてこういう構造にしたんだろう?と疑問がわいて、少し調べると、丸竹でつくった椅子がたくさん出てきました。

なるほど、竹のしなやかさがあったから、こういう構造が考え出されたのかな!と思いました。丸竹をいちいち切ってホゾ穴にはめて組み上げるよりも、曲げた方が早かったのかも? そして曲げるのも、わざわざ部材全部を蒸し器にいれて蒸し上げて曲げるんでなくて、曲げる部分のみを、ちょっとあっためたりしていたのかもしれない。一部を切り欠いた竹なら、しなやかに曲がるはず。

黒田さんが惚れ込んだという古い曲木椅子は竹製ではなく、無垢材のパーツでできていたけれど、図版写真をよおくみると、前後の座枠が、脚の曲げの部分に挟みこまれているように見えます。そうだとすると、竹の曲木椅子の構造そのまま。

この「挟みこみ式ジョイント」が写真でもよくわかる、こんな興味深いブログも発見しました。中国で作り手から譲ってもらったという、竹ではない木でできた曲木スツールと、台湾の荒物屋で売られていた竹の曲木スツールをくらべていらっしゃいます。構造がうりふたつだということも、よくわかる!

ついでに、伝統的な竹の曲木椅子を、現代生活に合うようにアレンジしなおしている、木智工坊さんという中国のデザインスタジオも発見しました。

デザインスタジオのサイトには、人々が田舎暮らしをしていた昔は竹は家具作りに多用されていたこと、こういうタイプの竹製の椅子のデザインが完成されていたこと、竹は量産には向かないのと耐用年数が限られていることから、多くの人が都市に移り住むのと同時に竹椅子は田舎に置き去りにされて、暮らしから姿を消したことが書かれてありました。

別の個人サイトですが、竹の曲木スツールの職人の写真もありました。ここでつくってらっしゃる職人さんは、穴開けのドリルも竹製。弓錐式。貫を止める木釘を打つための、下穴を開けているところみたいです。

実に興味深いです。こういう発想があったんだなあ。で、この中国伝統の丸竹椅子、台湾からの輸入を試みた日本のお店もあったようなんですが、なかなかむずかしかったみたい。なんでも、使っていて年月がたつとギシギシ音がしてくるとか、湿気の多い台湾とは違って乾いた季節のある日本には向かいないとか。

でも作り方は知りたいなーと思ってたら、こんな動画を見つけました。アメリカの木工愛好家向けの番組の、過去放映分のDVDに、中国の竹の曲木椅子の作り方を取り上げたものがあったもよう!プレビューだけ見られるようになっていました。


この番組で紹介している竹椅子(つくろうとしているほうでないほうの)、かなり美しいつくりです。。。いやはや。魅力的です。

青竹のほうの椅子の作り方を見てみたくって、思わずこのDVDを買ってしまいたくなりますが。。。今月はもう予算オーバー。。。でも台湾や中国の工房を訪問するよりは手軽なので、いずれ入手してみてみたい気もします。

しかしわたしの好奇心、どこへ向かうんだ。。。そもそも自分は何がしたいんだろう。。。

P.S. 余談だけれど、中国の伝統的な丸竹の曲木椅子の、背もたれのスピンドルは下広が20140920_183930りなものが多そうで。イギリスで教わったスピンドルチェアは、典型的にはスピンドルの角度は上広がりにするのでした。この違いも興味深い。それでもって、わたしがスピンドルチェアをつくったとき、まさかの穴の開けマチガイをして、スピンドルが予定したのと上下さかさまについてしまったといハプニングがあったのだけど、結果として、中国式の下広がり型のスピンドルになったのでした! これはミスではなくて、アジアの人間としてまっとうなことをしたということなのかも?(^^)

posted by な at 15:45| Comment(0) | むかし

2015年06月17日

トライポッドスツールのトライアルと、むかしの記憶

Img_9699先日剪定したセンダンの枝で、まずは小さいトライポッドスツールをつくってみることにしました。センダンの枝は、成長が早いわりに、結構小径でもしっかりしている印象があったので、まずは実験。

ながーく育ったこの枝から、長さ40cmほどを3本切って。Img_9700

先へいくほどやや細くなるので、太さを揃えるべく(それぞれが直径2.5cmほどになるよう)、3本のうち2本の樹皮を剥きました。

Img_9701ドローナイフの重さだけで、すっと剥けるほど、みずみずしくやわらかな樹皮です。すべすべの白い肌が表れた。

仮り組みをしてみました。Img_9707トライポッド結びというロープワークで3本を結わいて。

Img_9698座面には、こんな織りテープが手元にあったので、三角になるよう組み合わせてみたり。  Img_9708

できあがりはだいたいこんなイメージなのだけど。。。Img_9717

どうしても座面が傾くのでした。もっと太いひもで結び直したりと、試行錯誤を繰り返した末にわかったのは、この結び方をするなら、3本脚のうち1本は他の2本よりも結ぶ位置をずらさないといけない、ということ。

さて、座面を平らにする方法は、わかったのだけど、こんどは耐荷重の問題が。荷重がかかると、結び目がよじれて、脚の結合部の横滑りが始まってしまい、どんどん座面が低くなり続けてしまうのでした。座面が織りテープでストレッチ性がある、というのも原因らしい。厚手の革とかにすれば、座面そのものが歯止めをかけて、横滑りを防げそう。

でも革はできれば使いたくないので、まずは結合部分を、ひもで結ぶ方式から、ネジで留める方式に切り替えてみることにしました(このサイトのトライポッドスツールの作り方を参考に)。

ホームセンターへ自転車を走らせ、ゲットしてきたのは:
長いボルト 1本
アイボルト 1本
ワッシャー 3個
ふくろナット 2個

ボルトの太さに合わせて、スツールの脚に穴を空けました。アイボルトを使うこの方式だと、穴は3本全部、同じ高さに穴をあければよいはず。手回しドリルで、上から17.5cmのところに穴をあけました。

とりあえず、ここまでで、いったん脚を乾燥させることに(ほんとうは穴は乾燥させてからあけるほうが良かったかも。。乾燥すると穴のサイズが縮んでしまうので)。ま、なんとかなるかな、どうかな。

脚3本をひもでつって、自然乾燥に。残りの作業はまた後日。。。たぶん座面も、もっとしっかりした帆布とかでつくらないといけないだろうと思われる。でも織りテープの座面はかわいくて捨てがたいので、飾り的につけてもよいかもしれない。。。

* * *

Img_9703 Img_9704 トライポッドスツール用の脚を切ったとき、末端の、少しまがっていて脚にはできなかった切れはしが出ました。曲がり具合がスプーンによさそうだったので、スプーンをけずってみた。

使いやすいのかどうかは、Img_9720 Img_9721_2 これまた謎。。。 まあ、とりあえずセンダンはスプーンの材に向いてるのかどうかを、実験的に使ってみて、見ていってみることにします。

ものづくりを、あれやこれや考えながらやっているときの自分は、ムーミンパパみたいだと思う(特に「ムーミンパパ海へ行く」のお話の中のムーミンパパ)。どうでもいいことに夢中になって、うんとエネルギーをさいている感じ。。。^^;

20150618_112250 でも仕事に追われるばかりだと消耗するので、こころの健康のために、木に触れることを暮らしの一部にしておきたいのでした。ほんとうに、木々にお世話になっています。

そういえば、ホームセンターへと向かう川沿いの道を自転車で走っていたとき、公園がふと目に入ったのだけど、そこの公園は真ん中に太くて大きな欅の木が立っていました。

それを見たときに、自分の子ども時代がよみがえって。いつも遊んでいた近所の小さい公園も、やっぱり真ん中に太い大きな木が立っていたこと。思えば、あの木こそが、スダジイだったんじゃないか。。。!

後にもっとずっと大きくなってから、学校の帰り道に出会った1本のスダジイとつながりを持てるようになったのも、もっと小さいとき一緒に遊んでもらっていた、あの公園のスダジイのおかげだったんじゃないか、と思い当たりました。

公園のスダジイのことは、まったく忘れていたことだったのだけど、水星が逆行していた期間のあいだによみがえった記憶のひとつでした。

大好きだったあの木。幹の肌合いのごつごつした感じもリアルに思い出せます。そこを歩いていたアリも。ふたまたに分かれたところによじ登るコツがあって。。。 枝がぶらーんとなっていた一時期は、そこにぶらさがってターザンみたいなこともして遊んだ(「危ない」といってほどなくしてその枝は大人に切られてしまったけれど)。ほんとうによく遊んでもらった木でした。

今、その公園はまだそこにあるけど、真ん中に立っていたあの木はもういない。

あの公園ではいろんな楽しいことがあったのでした。大きな石に腰かけて、手の甲に毛虫が這うのを眺めていた記憶もあるし、夏休みには公園の一角に穴を掘って、そこで土をこねてつくった縄文風土器の「野焼き」を、母と友達と一緒に敢行したこともありました。公園で大々的に火を燃すなんてことを、やって大丈夫だったのが、考えてみると驚き。。。

縄文風土器づくりは本当に楽しくて。縄文土器の研究も、縄文時代の遺跡めぐりも相当ハマりました。わたしが縄文マニアになってしまったら、母が知り合いのおうちの裏手の発掘現場とかにも連れて行ってくれて。発掘作業をしていた大学生のおにいさんが、掘り下げて出てきた色の違う地面を指差して「ここを縄文さんが走っていたわけ」と教えてくれたときの、わくわく感といったら。。。その現場のおうちの方から、研究者の人に内緒で大きな石斧(打製石器)をもらったのは、宝物でした(今も持ってる)。

あるときはもっと遠出して、新聞の記事で見た縄文研究家の人のところに、押し掛け取材にも行きました(母の運転で)。その方が手づくりした縄文時代の服(葦を織ったような)を着させてもらったり、その方が建てた竪穴式住居に入らせてもらったっけ。さらにずっと遠くの登呂遺跡(ここは弥生時代の遺跡だけども)にも、母が車で友達たちと私を連れて行ってくれたりも。

話がそれたけれど。。。木工に魅入られて、この春に神戸の大工道具館をおとずれたときも、展示の中で一番じっくりじっくり見て回ったのは、石器時代・縄文時代の道具類の展示でした。20150414_113940_2 石斧ももちろんあって、石斧で木を切り倒した場合の切り口を鉄斧と比較した実物展示もありました。石斧で木を切り倒す実験動画も、見ごたえがあったなあ。

20150414_113912 その展示の一角に、大きなパネルで掲げられていたのが、この美しい建物の写真。これは縄文時代の集会場とおぼしき建物を再現したものだそう。ほんとうに息をのむほどに美しい。。。

グリーンウッドワークという、オール手作業でできる生木の木工にこうも惹かれるのも、縄文時代のものづくりに惹かれてしまうのと、根が同じかもしれないです。

posted by な at 22:36| Comment(0) | むかし