2016年10月28日

深夜の海

20161027_071740 今月初め、富士山のふもとの湖で(み)ちゃん、(ゆ)ちゃんとパドボ&カヤックキャンプしたばかりなのに。。。(or だから?)。。。ここしばらくどうも調子がいつもと違っていて、だいじょうぶか自分、というふうではあったのだけど、とうとうあまりにお天気がよくなったおととい朝、思い立って気になっていた海辺のキャンプ場に電話をして、おじさんに「どうぞ、おまちしてます」といわれ、すぐさまにもつをまとめて行ってしまいました。。。

20161027_071103 季節がら貸し切り状態で、夜はおじさんも帰って、岬の端の地をひとりじめ。浜に落ちていた長い枯れ枝を2本拾って、明るいうちから焚火をたいてごはんをつくって早めに食べました。

20161026_172422_2 家にあったもので適当メニューです。アンショビとニンニクと干し野菜のパスタ風ふしそうめん(ふしそうめんというのは、手延べそうめんを干すとき竿にかける部分のそうめんで、ここが一番おいしいのだそう)。干し野菜のスープ。じゃがいものホイル焼き(熾き火の中につっこんでおくだけ、やけたら十字に切れ目を入れて、お塩とニンニクで香り付けしたアンチョビのオイルをちょびっと)。

20161026_174132じゃがいものホイル焼き、おいしかった。デザートにみかんをたべて、みかんの皮で行燈をつくって、灯りの足しにしました。

20161026_184748 みかん行燈は、みかんの皮を上下半分に切って、下側のほうに、アンチョビの缶詰のオイルの残りを注いで、まん中の白いみかんの筋に火をつけたら灯ったのだけど、点いたと思ったら消えてしまうので、2センチくらいに切った麻ひもを芯として使ったら、長く灯りました。かなり長持ちした。風で消えそうになるので、アンチョビの空き缶の中にセットして、缶のフタを風よけがわりにしたら、このフタのとこに明かりが反射して、2倍明るくなりました!

20161027_090240みかん行燈、燃え尽きた後はこんな(写真→)。慌てて荷造りしたので、キャンドルランタン用のティーライトキャンドルを1つしか持ってこなかったので、みかん行燈がいい具合でよかったです。でも考えてみたら、みかん入れなくても、アンチョビの空き缶そのものに麻ひも入れたら行燈になったか。。。でもみかんの黄色が映えてかわいかったのでいいか :)

20161027_081310 焚火は直火禁止だったので、久々にソロストーブを持参しました(このキャンプ場は薪の販売をしてないのと、今日はキャンプ場の入口から120段の急な階段を荷降ろしするためのモノレールが壊れているとのことだったので、荷物の軽量化のため、大きい焚火台はNGでした)。家の火鉢用の楢の炭をひとつかみだけ持っていったので、海辺の湿気のある枯れ枝だったけど大丈夫でした。着火には、ロウに短い麻ひもを浸してつくった自作火口(これは前につくったのが缶にセットしてあったので)を。長い枯れ枝の先っぽからぽきぽき折っていって薪にしました。太い枝の部分(直径2、3cm)はナイフで切れ込みを入れて短く折っていきつつ、ときどきフェザースティックの練習などもしてみた。

20161026_185938 2本拾った長い枯れ枝の1本は夜間のランタンスタンドにして(&明日の薪にとっておいて)、もう1本を薪として使い果たして、ちょうどごはんの支度し始めから4時間ほど、焚火(&炭火)にあたっていました。

だからだったのか、すっかり温まって(というか、この日はあったかかったからなのか?)、ぜんぜん寒くないのでテントの入口を開け放って星を眺めながら眠りにつきました。ぐーっと地面に全身が吸い込まれていくあの心地よい感覚が来て。。。しあわせでした。

顔にパラついた雨で目を覚まして、テントの入口を閉めてまた寝て、深夜また目ざめて、6年前のこの日のこの時間に他界したねこのにゃみちゃんのことを思い出してしばらく起きていました。雨が止んでたので、また入口を開けて深夜の海を眺めていたら、意外にも深夜3時くらいの海の上は活発に何艘も船が行き交っていた。まるで灯台かと思うほど強力な灯を放っているすごく大きな船もあったり。深夜の海のこの活発さは、深海の生き物を水族館で見たときと同じように、なぜか深く心に残っています。自分の知らないところ、ふだん意識の届かないところで、こうしてちゃんと活動してくれている存在がある、ということが、ぐっとくる。

下弦の月が幻想的な色をして低い位置にあったのが、木の葉ごしに見えたときは、最初は月の形に見えなくて、まじめにUFOかと思ってしばらく息を飲んで見守ってしまった。。。

20161027_052942 朝日が昇ったのは角度的に崖の向こう側だったので、こちらの湾からは朝やけだけが見えたけれど、きれいでした。朝やけと、高い位置に移動して白い色になった下弦の月。お外で寝るのは、この朝を感じたいから、というのも大きいです。生き物が活発に動き出すのも感じられて、おもしろい。朝には大きなバッタがテントとフライシートの間にやってきて、じっとしていた。フナムシは進んだりとまったりを独特のリズムで忙しくしていて。フナムシはこれまでちょっと苦手だったけど、すっかり親近感が湧きました。昨夜もアンチョビの缶詰行燈のとこにそろっと顔を出したしぐさがかわいかった。

20161027_080825 20161027_081651 20161027_082955顔を洗って、ここの人が浜に手造りしたというウッドデッキをちょっとだけお借りして、太陽礼拝をしました。それからまた火をおこして、朝ごはん。今朝は近くで折れて枯れてたススキの穂を火口にしてみた。オートミールひとつかみに、ドライフルーツとくるみと塩を適当に入れて混ぜて持ってきたので、お水を入れてちょっと煮ます。

20161027_085737 マヤナッツショコラテも、1回分だけピルケースに入れて持ってきたので、スキムミルクと混ぜていただきました。マヤナッツショコラテは、マヤナッツもおいしいうえに、この粒状のカカオ部分がたまりません☆ このカカオもグアテマラ産のはず。とってもナイスなブレンドで、大好きです。

しばらくしたらキャンプ場のおじさんが出勤してきて、ひとしきりおしゃべりしつつ撤収作業。おじさんは自分の目は2つだけど、この目は70億分の1しか世界を見てないんだなあ、とおっしゃって。なんだかびっくりした。そして人と交流して、新しいことを学ぶのがいい、とおっしゃっていました。そうこうしてたら、おばさんの2人連れが崖の上からの急な階段を降りてやってきて、おじさんの友だちの地元の方だそうで、「あしたばを採りに来た」と。で、ついでにわたしもあしたば採りに混ぜてもらって、いいあしたばの見分け方と、持ち帰るときのコツ、持って帰った後の処理のコツを教わり、「葉っぱの部分は天ぷらにするのがおいしいの、茎はきんぴら」と言われたので、その晩に葉っぱを天ぷらにしました。おいしかった。。。!

おばさんの1人は77歳で現役のフラの先生で、テレビ朝日のお天気おにいさんを息子さんがやっているそうで、もうおひとりは、娘さんが会津の昭和村でからむし織をやっていると。なんと、わたしも何年も前に目にして気を惹かれたことがあった、昭和村でからむし織をおばあちゃんたちから教わる織姫制度に応募をして、受かって、2年学んでからそのまま昭和村で暮らしているのだそう。帰宅してググってみたら、娘さんのインタビュー記事が出てきた。今ではからむし織の工房兼カフェをやってらっしゃいました。いつか行ってみたいな。おばさんのもうおひとりの娘さんは美大で銀細工を学んでからスペインへ移住しちゃったそう。そんなおばさんの(さ)さんは、おしゃべりしながら、ちかくに生えてたススキの穂を束ねて丸めて「ほら、ふくろう」といって見せてくれて、あとはどんぐりのぼうしで目をつけるんだよ、と教えてくれました(写真は完成前の、途中のふくろう)。

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もうおひとりのおばさんの(よ)さんも、息子さんの写真をスマホで見せてくれるついでに、たくさん、まるい石にふくろうを描いたものがうつった写真を出てきたのでそれも見せてくれて、「これわたしが描いたの、石にふくろうを描くのが、すきなの」とおっしゃっていた。どれもユニークな顔をしたふくろうで、聞くとここらへんの石ではだめで、ふくろう用の石は小田原の○○浜のものが一番だからそこのを拾いに行く、とのこと。そして石を手にすると、「ここに目を描いて」と石が言ってくるから、そのままを描くのだそうです。

(ふくろうづいていたな。。。と後で思ったけれど、そういえば、今日の今日でこの初めて行くキャンプ場に行ってみるのはどうなのかな?と行く前に動物のカードに相談してみたとき、ふくろうのカードが出てたのだった!)

キャンプ場のおじさんの(ふ)さんは、地元の人じゃなく九州の人だと言っていた。アウトドアが好きなわけじゃないから、よくわからなくて、ここへくるキャンパーにいろいろ教わっている、とのこと。「海が好きなんですか?」と聞いたら即座に「いや、滝が好きだね!滝はほら、1つも同じのがないでしょう!」と、この方もほんとに気さくで、そして興味深い方でした。トランペットとピアノをやっているそうで、どうやらここで管理人をしているのも、ここなら周りに集落もないし、波音もするしで、気がねなくトランペットを吹けるからみたい。でも人に聴かせるために吹くのじゃないから、とおっしゃっていたのが、また興味深かった。

20161027_080531キャンプ場は、波打ち際まで徒歩30秒。岬のはしっこで、夜には交通はゼロになるので、とても静か(といっても波音はぜんぜん静かじゃなくて、迫力あるけど)。すごくいいとこでした。。。別れのごあいさつをして去ろうとしたら、おばさんの(さ)さんが「あ、ちょっと待って」と言って、手のひらいっぱいに、いろんな種類の飴を持たせてくれました。別れ際におばさんに飴玉をもらうって、なんというか、なにかの原型のように感じらた。。。

(ふ)さん、(さ)さん、(よ)さん、それからもうおひとり、キャンプ場の整備をもくもくとやっておられたおじさん、お世話になました、ありがとうございました。

たぶん電車で行けるキャンプ場としては、うちから一番近い。。。電車移動も楽で、なにより大好きな魚付き林を抜けて走っていくバスも最高で、ここにキャンプ場が出来て相当うれしいです。次回はキャンプ場をベースに、魚付き林の中をハイキングしたいな! 樹齢のものすごく高い楠や松がいっぱいの森なのです。

* * *

今回急に思い立ったのと、キャンプ場のモノレールが使えないのとで、最小限のギアで行った(つもり)けれど、使わなかったものもあった。行くたびに、だんだんと、自分にとって必要なものが何かが把握しやすくなっていくのかな。。。しかしやっぱり自分は荷物が多めだなあー!と思うけれど。けどそこらんのことも、少しずつ経験を重ねていくこと、楽しいです。

20161027_135629 今回の荷物はこんな感じ。リュックにもなる布製スーツケースを、キャリーにつけて、電車とバスでの移動はキャリーで転がし、キャンプ場の階段を下りてくときはキャリーを外してリュックにして行きました。このキャリーは、イギリスに椅子づくりに行くとき、帰りに椅子を持って帰る関係で、荷物の工夫をしなくちゃならなくて、どうしようか考えた末に、ちょっと高かったけどえいっと入手したミニカートGo Easyというもの。頑丈だし、転がりもスムーズで音も静かだし、なによりコンパクトになってかばんに入れられるし、かなり重宝しています。かばん自体にキャスターが付いているものは背負いにくいので、キャスターが外せるのはポイント高いです。

荷物の中身も、次回のために記録しておこう。。。

住まい関係:テント(グランドシートつき)とオールウェザーブランケット(テントの中に敷きつめた)。予備の張り綱とカラビナ数個(いつもセットにしてあるもの)。ロールアップ式ピクニックシート(裏側が銀マットになってる)。座椅子の元(スリーピングマットをはめると座椅子になる)。折りたたみポケット座布団。

寝袋、寝袋カバー、スリーピングマット(インフレータブルの短めのもの、足先の足りない部分はかばんを敷いた)。20161027_161405ダウンのひざ掛け(使わなかった)。わけあって800円(!)で譲ってもらったサーマレストのテックブランケット(今回は寒くなかったから枕にした)。

20161027_171731 明かり類:LEDランタン(懐中電灯にもなるタイプ、ランタンは暖色系の明かりになるように以前改造)、フォレストヒルのキャンドルランタン(そんなに明るくないけどお気に入り)、ヘッドランプ。

20161027_171924 焚火用具:ソロストーブ、竹の火ばさみ、ファイヤースチール、自作の火口セット(チャークロスとロウびき麻ひも)、スライドガストーチ、軍手、アルミホイル。写真撮りそびれたけど、楢炭ひとつかみ。ガスカートリッジとミニバーナーはバックアップで持参したけど、必要なかった。

20161027_171746 調理道具:自作ロールアップトレイ/テーブル、パイン材まな板、プラティパス水筒、ホットドリンクが入ってた空きペットボトル(水筒として使った後、夜寝るときは湯たんぽにした)、コフランのフォールドカップ、シェラカップ、コッヘル。写真に写ってないけど、MORAのコンパニオンナイフを料理にも、木工にも、薪づくりにも使っています。あと、写真にないけど普段持ち歩いてるTIGERのミニ保温水筒。

20161027_161621 調味料・飲料とカトラリー:ウィンドファームのドリップコーヒー(おいしい♡)、マヤナッツパウダー、自作の桜のフォークとスプーン、ニンニクチップ、しょうゆ、塩。ピルケースに入ってるのはシナモン、胡椒、マヤナッツショコラテ、スキムミルク。あとウェットティッシュ。小さいゴミ袋。この辺のものはいつもこの竹皮の入れ物に入れて持っていきます。20161027_161634 この竹皮の箱は、華奢で軽いけど、思ったよりしっかりしていて、これまで何年も野営やハイキングのお供にいつも連れていってるけど、壊れてない。すごいです。調理中は、蓋をあけた状態で並べておけば、物のちょっと置き場になるので便利です。

20161027_172605 食材:ふしそうめん、干し野菜ミックス(常備してある中から小袋1つ)、ニンニクチップ、アンチョビ缶詰、じゃがいも、紅玉りんご、みかん。あと写真撮りそびれたけど、朝食にオートミールミックス。食材と生ゴミ(燃やせなかった分)は現地では分厚めの、おそらく匂いをシャットアウトできる防水袋に入れていました。動物のみなさんを刺激しないように。。。

20161027_173031 雨具:今回雨の予報はなかったので、野良仕事用のヤッケだけ持参(使わなかったけど)。いつものレインウェア上下よりずっと軽くて小さかった。あと、ザックカバー(使わなかった)。

着替え:夜寝るときの暖かTシャツ&スパッツ、ダウンセーター&ダウンパンツ&ダウンスカート(どれも暑くて使わなかった)、上着のネルシャツ(フードつき)、毛糸の靴下。帰り道に着るための(焚火のにおいのしない)シャツ。

トイレタリーセット(いつも持ち歩いてるもの)、歯ブラシ、てぬぐい3枚(2枚で足りた)。

薬・ファーストエイド類(いつも持ち歩いてるもの、レスキューレメディ、レスキュークリーム、フラワーエッセンス、ばんそうこう、マダニ取り具など)。

20161018_210501 あと、編みかけの靴下と削りかけのスプーンも持参したけど、どちらもやらなかった。。。

野営って、ひとりでいても、意外と手持ち無沙汰にはならないみたい、自分の場合。まわりの場を受け取り続けているようなところがあって。なにか感覚が研ぎ澄まされているような? 音をとても良く聞いています。

野生動物のみなさんは、いつもこんなふうにして夜を越えて朝を迎えているんだなあ、と、ちょっとだけその感じがわかるような。。。

そうそれと今回実感したのは、テントの入口を閉めてしまって、外の様子がうかがえなくなるよりも、入口が開いているほうが安心感がある、ということでした。深夜、低いエンジン音が長く続いたときがあって、どこから鳴ってるのかわからなかったときはちょっと不安になったのだけど、入口を開け放して外が見えたら、沖の大きな船だとすぐにわかって、そしたら不安はぱっと消えました。入口を開けとくのは無防備のように思えるし、まわりをシャットアウトしてこもるほうが安心感がありそうに思うのだけど、でもまわりをうかがえたほうが逆に安心するのだな。。

20161026_183743 そして焚火を焚いていると、やっぱり安心する。まだ蚊も少しいて(でも虫よけを忘れたので)、焚火はまず虫よけになるのだけど、でもそれだけでない安心感が火にはある気がします。ガスバーナーでなく、炎があると、違うのは、なんでだろう。

(ただ焚火はガスバーナーと違って、風でまわりに火の粉が飛んだときの注意はしてないといけないですね、枯れ草、枯れ葉、テントのフライシートなどなど。。。事前によけておいたり、常にたっぷりの水をスタンバイしたり)。

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posted by な at 23:33| Comment(0) |

2016年02月08日

グリーンウッドワークの椅子づくり・岐阜編

20160208_141715_2 1月の上旬の3日間、そして昨日までの2日間と、岐阜のエゴノキの生木で、オール手道具で椅子をつくる、グリーンウッドワーク指導者養成講座に参加させてもらっていました。そして昨日の夜、ついに椅子は(一応)完成しました!

今回の椅子は、森林文化アカデミーの久津輪さんとグリーンウッドワーク研究所の加藤さんによるオリジナルデザインのもの。軽量ですらっとした椅子になりました☆

20160208_081850 イギリスへグリーンウッドワークの椅子づくりをしにいった1年半前と、ちょうど同じように、できたてほやほやの椅子をプチプチでぐるぐる巻きにして、持ち帰って来ました。夜行バスのトランクに載せて、早朝のローカル線の電車に載せて。。。さきほど家に到着。

ほっとして、マヤナッツを一杯飲みつつ、朝のことりたちが「猫の額庭」に集っているのを見ています。今日から仕事に戻らなくちゃ、なスケジュールなのだけど、もう少したってからにすることにする。。。

20160109_09453920160206_120219_220160110_105254先月の前半の3日間は、丸太を割って部材に削るまでをしたのだけ れど、毎晩おふとんの中で腕がパンパン、ジンジンするのをこらえながら眠るくらいの作業量。でもそうやって過ごした2日目の晩、お風呂のあとバタンとベッドによこになったときに、幸せ感に包まれました。こうしてひがな木を割ったり削ったりして過ごすことのよろこびがわーっとやってきた。。。

前半を終えていったん帰宅してからは、後半が楽しみで仕方ありませんでした。

  20160207_071314 そして迎えた昨日までの後半部は。。。初日の朝、見晴らしのいい雑木林の一角で、小鳥たち(ヤマガラ)のさえずりと羽ばたきの音、それに木の実をコンコンコンと枝に打ち付ける音につつまれて過ごした数分以外は、とにかくずううっと急いでいたし、焦っていたしで。。。ほんとうに大変ハードな日々でした。

20160207_10262320160207_093113 やっぱり椅子づくりは大変だなあ!と思い(出し)ました。イギリスで も、自分ひとりだけ完成しないかもしれないと本気で思ったし、トイレで密かに泣いたこともあったのでした。しかも、そのイギリスでの6日間にくらべても、今回の5日間(とくにラスト2日)はさらにきつかった。。。

でも完成は、したのでした。大変だなあ!というのと同時に、でき20160207_171921ちゃうんだなあ!という驚きが。。。もちろん、指導してくださる方々、助けてくださるお仲間のもとで、なんとかぎりぎりできた、という感じだけれども。

木工の素養のある参加者の方(木工教室に通っているとか、木工教室を主宰しているとか、木育関係の団体に出入りしているとか、自分でログハウスを建てているとか、家具職人さんだとか)はやっぱりみなさん作業も早いし、きれい。指導者養成講座だけあって、そうした人たちが大半を占めていたので、助けていただけて、とっても心強く、ほんとにありがたかったです。それに先生方もスタッフの方々も、参加者の方々も、みなさんとてもほがらかで一緒にいて楽しい人たちばかりで、この方たちとご一緒できて、ほんとにうれしかったです。作業は大変だけれど、終始和やかな雰囲気の中で(といっても最後の最後はパツパツだったかな。。)木工経験の浅いわたしやほかのみなさんも、全員、無事に完成したのでした\(^o^)/20160207_181304

しかし。。自分が作業が遅くて、みなさんの足をひっぱってしまったことを、おひとりおひとりに(そして誰より先生方に)お詫びしたかったです。。

椅子が完成して、みなさんと別れて、ひとりになったとき最初に湧き上がってきたのは、自分にはこれはやれないことなんだな、という気持ちでした。普通の(グリーンウッドワーク以外の)木工の素養がないだけでなくて、作業時の物理的なパワーとスピードも足りない。。それに木工の世界に入るならもっと生活根本からきびきびしないと。。それに人と接することへのハードルも今回大分跳び越えたつもりだったけどまだまだまだだ。。。もうこの道を歩き続けていこうとしちゃいけない、etc.etc.

「『終わり方』が大事」「終わった後に自分いじめをしない『後始末力』をつけること」をモットーとしてきた最近だったのにもかかわず、ひとばんじゅう後ろ向きな考えにとりまかれながら夜行バスで眠るともなく過ごして、朝まだ暗いうちに関東に着いて、電車に乗り換えてもまだぼんやりしていました。

でもそれが、ふしぎなことに陽が昇りはじめたら、気持ちがなんとなく上向いてきた。自宅のあるターミナル駅について、モーニングを食べに喫茶店に入って(椅子と大きなかばんを抱えたまま)、なんとなしに、かばんの後ポッケにいれといたグリーンウッドワークの本(イギリスでお世話になったマイクさんの本)を開いてみたらば。。。椅子づくりの今回の作業に関連するページをいつのまにか読みふけっていました。

内容は作業の工程を記したものなのだけど、マイクさんの文章を読むと、マイクさんの声が聞こえてくるかのようで。そして作業工程を記しただけの文章とは言えないような、余計な情報(?)というか、私的感情がてんこ盛りに入っている文章で、読んでいると元気がむくむく出てくるのでした。

もちろん技術情報としても有用で、「あ、そうか」と今回またやってみたからこそよくわかったポイントもあったし、じゃあ、次はこうしてみようかな、と思いついたりもいろいろあって、そんなこんなで喫茶店をでるころにはすっかり「次はあれをつくってみよう、そうしよう」となっていました。

なんだか自分、雑草みたいだ、朝日が出てきたら倒れてたのがひょいと起き上がり出すみたいな。。。こんなに自分、打たれ強かったけかな?ふてぶてしくないか?と思いつつ、そこそこ元気に帰宅しました。

マイクさんには、わたしが木工の下地があるかどうかとか、グリーンウッドワークを上手にやれるかどうかとか、そういうこととは関係ないところで、自分を受け止めてもらった感じが、なぜかしています。一番最初に、村の道端でガバッ大きなハグをしてもらったときも、最後の別れ際、駅のホームでぎゅーとハグしてもらったときも。。。マイクさんが両手を広げてくれたときの、あの、なににもせきとめられていないようなオープンさを思い出すと、安心するし、なんか泣けてくる。

あのとき、誰よりも長旅をしてはるばる南アフリカの離島からマイクさんの森に来ていたリズさんという女性は、「マイクがここでやってるのは、みんなを改心させるってことだね。ただ椅子のつくり方を教えているんじゃないね」と言ってたけれど、なるほどそうかもと思う。自分もあるていど”改心”されちゃったんだろうなと思う。

木が、森が、森の夜、森の朝、森の生きものや空気が、さらに好きになっちゃったし。ひとりでやることと、人と一緒にやることの、両方の楽しさを知ったし。。

20160110_105323 今回の岐阜の講座では、小さい径の木でも椅子がつくれることを教わって、木に寄り添ったものづくりをスモールスケールでやっていくことの可能性がさらに広がって、うれしい。今はなるべくおおがかりにならずに、自分の体を基準にした「手に負える範囲」でやっていきたい、という願いがあるので、そのための大きなヒントになりました。

20160110_112634 あと、南京鉋への苦手意識を越えられたし(南京鉋の左右で刃の出し方を変える調節方法も教われたし)、ノコギリにもっと練習が必要なこともわかったし、マンリキ(へぎ鉈)で木割りするのが大好きだと改めて体感できたし、マンリキをひざをテコにして使うやり方を覚えたし、削り馬の上で左右にテコをきかせて材を固定するやり方を覚えたし、蒸し曲げの箱もお鍋も小さくていいことを知れたし(蒸し曲げ用の箱であんまん・肉まんが一度にたくさん蒸せて楽しかったし!)、20160111_152108 座面に綿テープを使うすてきさや竹を釘がわりに使う良さがわかったし、いろいろ学びがありました。

作業が遅くてみなさんをお待たせしたり、みなさんのように片づけやお手伝い事がスムーズにできなかったり、いろいろNGな部分が多くて申し訳なかったけれど、参加させていただけたことは、ほんとに感謝しています。

とりあえず、しばらくはお風呂で筋肉をもみほぐして、筋肉痛から回復せねば。。。

20160205_060508 PS 今回の岐阜行きでは、到着直後のモーニングに入った喫茶店では、小鳥のカップ&ソーサーでした。前回はいちご柄だった。ここのお店の人は、お客さんの好きなものがわかるんだろうか。。。

posted by な at 15:10| Comment(0) |

2015年10月29日

道からそれつづけないように?

20151027_130755 最近なんだか時間が足りないなあ、という感覚がある。もしくは体力か。。? たっぷりと、やすらげる時間、というのがなかなか手元にやってこない感じがあって、少しやさぐれています。海を見ていたら、あの水平線の向こうの大海原に漕ぎ出していきたい、というむちゃくちゃな夢想がまた始まったり。。。

庭のジャスミンは毎日せっせと新しい花を咲かせているし、秋の光はぴかりと明るくて、風もさわやかなのにな。。なにか、時間泥棒にでもあったようなふうです。おちつけ、自分。。。

20151026_093127 20151026_094903先週末は、ひさしぶりのお仕事でかなり消耗してしまったこともあって、リカバリーに時間がかかっています。。。こういうときは楽しいことをしないといけない、と翌朝は起きてすぐ、保管していた桜の枝のストックをひとつ、半割にして、(パジャマのまま)削りだしました。

20151026_113315 20151026_113321 それでスプーンをまた削ったのだけど、今回は、心身のリカバリー目的だったので、だれかあげたい人を思い描かずに、ただ削っていて。そしたら最近お勉強したスプーンのあれこれ(木取りの工夫やら、どこに強度がいるか、やら)をできるだけ考えてやってみよう、という気持ちになってきて。そこに没頭していっちゃった。

勉強になったのは良かった気もするけど、当の桜の枝には悪いことをしたな、というのが残っちゃった。。それがはっきり自覚できたのは、その晩こんな夢をみたから。

背の低い毛深い男性(のおそらく死体)を、自分の前に横たえて、わたしはナイフでその人の皮膚から毛を削いでいた。すごく事務的に、ニュートラルな気持ちで、そうするのが当たり前なように。ほかの動物みたいに毛深かった。きれいに削ぎ終わったら、解体する、という次の作業に入るはずなのだった。けど、そこで我に帰って、どうしても頭を落とすのはできないな、と夢の中で思って、毛を削ぐまでで手を止めた。削いだ毛を入れていたビニール袋には、フィンランドで買ったプーッコナイフが入っていた(このナイフは現実の世界では、1月くらい前に、かごの材料にと蔓植物を切って以来なぜか行方不明になっているもの)。

目覚めて、平然とヒトの死体を解体(しかもごく普通に、「自分の生活のために」という感じで)するだなんて!と思ったけれど、ああ、そうか、あの毛を削いでいってたときの質感って、昨日、半割にした桜の枝の樹皮をナイフで削いでいった、あれと同じだ、と気づきました。(それにプーッコを失くす直前に蔓植物を切っていたときの感じとも同じ気もする。。)

桜の枝の、蔓植物の、そもそものbeingのことを、想うことなく、事務的にモノとして対処していた自分がはっきりわかりました。スプーンという機能的なデザインのモノをつくる、というほうに意識が傾くと、かごという有用な道具をつくる、というほうに意識が傾くと、なにかこういう反動が奥深くからやってくるみたい。

植物をいただいてものづくりをする初期動機を、毎回、問い直されるような。。?

20151028_102949 左側のが今回のスプーン。右のはそのひとつ前に、ともだちの子どもさんのために、と思ってつくった子ども用スプーン。

その前につくっていた2本(子ども用スプーンとコーヒースクープ)はもう旅立っていきました。できばえは納得いってないのだけれど、その人たちのことを考えながらつくったのだし、思い出の岐阜のコシアブラだしで。
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* * *

いろんなことが、自分には難しいや。。。それで今夜はなんだか無意味にネットサーフィンなんかをしていて、そしたら薪と炭で吹きガラスをやっている人のブログと出会った。

この方がロケットストーブに興味を持った、というのが自分と共通していたことがあるのだけど、そこから薪と炭で吹きガラスをやることになっていった過程も興味深かった。そして、最後のほうに読むに至ったこの投稿が、また興味深かったな。「吹きガラス作家は本当に食べていけるのですか? 」というタイトルの投稿。

ガンジーが言っていたという、「自分が世界によって変えられてしまわないために」行動する、ということを、思い出したりもしました。

Dsc00643 そこのところ、切実さがあるな。最近。

少し前だけど、カヤトと呼ばれる、山の中でカヤがわーっとしげっている場所を歩きたくてハイキングに行きました。相方いわく、昔は春のお花見と同じくらい、秋はカヤの鑑賞がさかんだったとか。。それでぱっと想い付きで、ふたりともの休日が重なった日にでかけて、誰も来ないカヤトできのこスープをつくって、山のふもとの古いパン屋さんの「なま酵母」のバターロール(おかみさんには「天然酵母」という言葉はなじみがないらしかった)をおともに、遅いランチを食べた。

ああいうふうに過ごしているときも、ほんとうに、「変えられてしまわないため」というか、自分の中のなにかを守っている感じがある。カヤトとつながることが、そのための具体策、というような。

ほかの生きものやbeingsとのseparation sicknessをなんとか乗り越えていきたいんだなあ。。

posted by な at 01:03| Comment(0) |