2016年03月21日

長いときの果てに

20160314_102338 昨日で、ここしばらくのぱたぱたデイズが一区切り。ぱたぱたしているあいだに、ずうっと前にまいた種がいつのまにか芽を出してました。すごいうれしい。でも、何の種だったか思い出せない(^_^;) 大きく育つまで、誰なのかわからないままです。。。

この2週間強のあいだ、家仕事の納品のために完徹夜・半徹夜を4度(もう徹夜はしないことにしていた近年だったのに)、外仕事の前夜にナーバスになってうまく眠れなかったことも2度あって、睡眠サイクルはめちゃめちゃで、そしてゆっくり座って出来事を消化したり、自分の気持ちをたどったりするひまがほとんどない日々で、こんなこと自分の生活上まれなんだけど、と思いつつ過ごしていました。

ただ、エネルギーをばんばん消耗しつつ、でもその渦中で同時にエネルギーがチャージされている(ときにはチャージが消耗をうわまわってたかもしれないくらい)というふうで、それもなんというか、あたらしかったです。

家仕事も、外仕事も、とてもチャレンジだったし、ときに苦しかったり怖かったりしたけど、でも自分にとってはうれしい学びとよろこびを伴う内容だったからかな。。。ありがたいことだな、と思います。

ただ、ふだんよりもたくさんの刺激をずっと受け取りまくっていた、ということでもあるので、やっぱり疲れや揺り返しがこれから出てくるかもしれないことも、心の片隅において、自分への接し方に工夫をしようとしている今日です。終わり方を工夫する、というのが最近のテーマなのでした。

まだ家仕事は未納のものが残っているし、家事もてんこもりにあるのだけど、今日はまずは少しゆっくりした自分を時間にあげることにしています。

* * *

そして、昨日は春分の日でした。おめでたいな!

チェロキーのネイティブアメリカンの方々も、春分の日にはお祭りをするそうなんだけど、そのお祭りで大事な役割を果たしてきたという、十字石という石が、数日前にわたしのもとに 突然やってきた、というのもあって、昨日はちょっと、地軸が太陽に向かって90度だということに想いを馳せていました。

Wc_equinox1920master_ipad_1920x0180 秋分〜春分〜秋分の地球を宇宙から見た動画をみつけました。「太陽にむかって地軸がいちばんふんぞり返っている時が冬至、いちばん深くお辞儀している時が夏至、直立の時が春分・秋分です。」という表現もみかけて、おもしろいな、と思った。

人間が長い進化の過程を経て二足歩行になった、そして手でいろんなことをするようになった、その進化のたまものである、わたしたちの中の直立性、垂直性について、アレクサンダー・テクニークの恩師、トミーが昨日までたくさん話をしてくれたのが、春分と地球と太陽とにつらなって、思い出されていました。

トミーにまだ面識がないときに、いきなりメールを書いて、突撃で彼の学校に教わりに行ったのがちょうど13年前の3月で、以後、間があいたりしながらもある程度コンスタントに会ってきて、これまで毎回いろんな複雑な気持ちになってきたけど、今回は本当にシンプルに、トミーから学びたいことがたくさんあるな、と思いました。というか、わたしが学びたいことは、こういうことなんだ、と腑に落ちたというか。

アレクサンダー・テクニークでは、レッスンの中で相手に手を触れる、という要素があって、それがどうしても自分には抵抗のある要素でありつづけてきたけれど、今回、はじめて、自分の奥のほうから、「その触れるというのを学びたいな」という気持ちが出てきた。それで、その気持ちを先生に表明して、教わるための実際の一歩を踏むこともできたのでした(でもその一歩の最中では「わー、できない、わからない、できない!」という激しい反応が出ちゃったけれど)。でも、自分の中では、ものすごく革命的なことだったのだし、この一歩は、自分にとっては、お祝いだなあ、と今、思っています。(そして「できない」という私にトミーが言ったのは、「誰でもできるんだよ、ただ慣れてないだけ。練習すればいいだけだよ」)

アレクサンダー・テクニークを仕事にしたいとか、教師になって人に教えられるようになりたい、とかそういう欲求とままったく無縁のところで、こういう「触れ方」を、ただそれ自体のために、身につけたい、と思ってもよかったんだ、と気づいたのは大きかったです。

わたしがアレクサンダー・テクニークをもっと深く学びたいと思った当時、レッスンをしている先生が東京にいなくて、それで教師養成校にいきなり入ったのだけど、そこでは「教師になるために」という前提がいつもついてまわっていました。自分も願わくば教師になれたら、いいなあ、と思ったりもしていたけれど、8年やってみて、自分は教師になりたくない、というか、ならなくてもいいんだ、そこは本当に自由に選んでいいんだ、と知ったときは、すごく自由を感じた。その後は、「人に教えるため」という前提のないなかで、ほんとうに自分自身のために(いったりきたりしつつ)学びを続けてきたのだけど、その「自分自身のために」という前提への切り変わりが、逆に「教えるために必要なこと」だとわたしが考えていた「手で触れる」という要素を自分からどんどん遠ざけたのでした。そうやって「自分自身のために」学び続けるなかで、思考に重きをおきまくっていました。

思考も、体も、まるごとのわたしの部分でしかない、その部分のひとつでしかない思考を、ずいぶん偏って使おうとしてたのかもしれないです。

あと、「自分自身のために」学び続けるなかで、自分をまわりの場や世界と切り離してとらえてもいました。このことは数年前から気づいていて、「かかわりの中にいるということ」についてもっと見て行きたいと思ってきてたのだけど、「かかわりの中にいること」の当時のわたしの定義の中には、「相手と物理的に触れあう」という部分は不思議と含まれてはいなかった。

やっぱりずっと、抵抗があったのでした。「触れること」へのこのおおきな抵抗感は、アレクサンダー・テクニークの教師養成校で学ぶなかで体験したことがベースになっていたのかな、とも思うけれど、実際はもっと根は深そうだな、とも今は思っています。

自分が物理的に触れられることが、好きではない。これはアレクサンダー・テクニークに出会うよりもずっと前に、わたしの体に深く刻まれていたことだったと思う。触れられることが、自分の尊厳や自由を損なうこととイコールだった体験が、あるからだと、思います。

アレクサンダー・テクニークの先生なり同級生なりに触れられるときは、もちろん、わたしの尊厳や自由を損なうのとは反対に、それらをより尊重したいがためだとわかっているし、そうだと伝わってもきます。それでも、それでも、、、わたしは自分が「受け身」になっているという状況のなかで、自分の自由がわずかに損なわれるのを、毎回感じていました。みずから選んで、そういう状況に入っていて、その体験から得られる学びのすてきさもわかっているのにもかかわらず、その「自由が損なわれる感じ」はかすかに、だけど根強く、残っていました。

今これを書いていて、おなかのそこのほうのかたまりが動く感じがしていて、泣きそうになってきた。。。

わたしは、その「自由が損なわれる感じ」に慣れているし、耐えるのも上手でした。ちょっとのことだから、がまんしていた。でも自分の側に、そんなふうな、かすかな「がまん」がある限り、わたしがすすんで、誰か他者に、手を触れたいと思えないのは、当然だったな、と今はわかります。(教師養成校に通い出した当初は、興味本位で、やみくもに触れてみたりすることもできてはいたけれど、でもそのときの関心は、単純に、自分が自分にワークしながら「触れる」と相手に何か変化が起こるのかなどうなのかな?というような好奇心で、「触れる」ための意図がめちゃくちゃでした。だから「レッスンをする」という状況の中で手を使う、というときには、まったくつかいものにならず、極力、手を使わずに、伝えられることを伝える、というほうへ向かうしかなかったし、なにより自分自身へのワークが十分でないから、そこをもっと見て行かないととずっと思ってきたのでした)。

わたしのなかにある、この、わだかまりが、とけてなかったことと、わたしが他者になにか働きかけをするとか教えるとかいうことをしたくなかったことは、つながっていたんだな、と今は思います。自分で実験して発見していくプロセスのほうに意義を見出してきつづけていたことも。

今でも、誰もが自分で実験して発見していくことが大事だと思うし、安心してそうできる場を提供するような学びの場がいちばん好きだけれど、そこのニュアンスが、ちょっと変わった気がしています。みんなが自力で独学でそれぞれにやってみる、ということのなかに、なにか「自」が「他」と切り離されているさみしさを感じるようになってきたかのような。。。

もうすこし、お互いにかかわりあって、支え合ってもいいんでないか、という感覚が来ています。なんでもできるだけ自力で、と思ってきたわたしには、相当あたらしい感覚です。「かかわりあうこと」には「相手の、自分の、自由や尊厳を損なうこと」が伴うと感じてきたのが、なんか、ほぐれてきたからかもしれないです。「かかわりあうこと」の意味が、「自由を尊重し合って、いまここにいるお互いの存在そのもののすてきさを味わいあうこと」や「ほんとうにお互いを支え合うこと」にもなり得ると、納得できたからかもしれないです。

言葉にすると、陳腐だけど。。。

でも、これがわたしが学びたいことだったんだな。。。お互いの自由と尊厳を踏みにじることなく、お互いになにかを押し付けたり期待したりすることなく、それぞれが、それぞれの、すっくと垂直したサポートの中に安心して居て、オープンマインドでいまここのお互いの存在のすてきさやありがたさを味わって、いっしょにいるということ。動物のみなさんや、植物のみなさんや、ひとのみなさんや、モノのみなさん、地球という惑星と、そうやってかかわりあうこと。。

それは意図や気持ちやこころざしだけでなくて、身体も含めた、まるごとのかかわりあいであっていいんだな、というか、まるごとであってこそコンプリートなんだな、と今、思っています。

そういうあり方が、可能だと、身をもって示してくれているトミーに、ありがとうと思う。トミー自身の体験談を話してくれる「おはなしの時間」や、科学的見地からの考察や、ポエティックなたとえや、身体での直接体験や、思い方での実験などなど、そのときどきでどこへ行くかもわからないものが飛び出す、まるでストラクチャーがないかのような多角的な教え方をする人だな、と思う。解剖学も脳神経科学も、物語もスピリチュアリティも、トミーの中には等しくあって、まるく(葛藤なく)統合されているのを感じる。74歳にしてあんなにすっきりとかろやかかつ、ごく自然な身のこなしをしていること自体、すごいなと思う。“白人”の人からはもう学びたくない、と思うことが多い自分もいるのだけど、「白人」というのも、うわべを見ているだけなんだな、とも思う。

うわべを通り越して、相手を見る/相手に触れる、ということのたとえに、トミーが「波じゃなくて、その下の海を見る/海に触れる」と言ってたのを思い出します。なるほどすてきなたとえだな、と最初思っていたけど、後から、これはたとえ話でなくて、トミーがカヤックにのって漕いでいたときの実体験から来ていたと知りました。パドルしていてもうまく進めなかった時、波じゃなくてその下の海に意識を至らせてパドルを握ったら、握り方が変わり、自分の背中で腕をささえてたのが、逆に腕が背中を支えるようなあり方に変わったこと。

「自分の体験から、伝えるんだよ」と何度も口にしていたけど、ほんとうにそれを実践しているのを知ると、毎回びっくりする。伝えてくれていることがらが、空気中に舞うだけの思考のかけらでなくて、ほんとうにすべて身をもって体験したことに根付いているって、シンプルだけど、パワーがあるなあ。。。

posted by な at 15:21| Comment(0) | ねがいごと

2016年01月25日

あわただしさと、鮮やかさと

0045_xlarge今年はお正月も自分の誕生日も例年以上に実感のわかないままやってきていて、日々のあわただしさが際立っているのだけど、でも瞬間瞬間の鮮やかさはなぜか増しているようで。。。不思議な感じです。

20160117_091341 お誕生日はいつになくお祝いをたくさんしてもらって。。。お誕生日になる前から、「もうすぐお誕生日だから」とともだちからかわいい青い生き物の木製しおりをいただきました。木製のしおりは、箱根の寄せ木細工のものと、フィンランドの白樺のものとが最近わがやに来たばかり。ひそかにブームになっていたので、このメキシコのしおりもとってもうれしかった!

20160121_102529 お誕生日当日は、相方と温泉へ行きました。いつも体調管理のためにお世話になっている、家からわりと行きやすいところにある日帰り温泉。そこがやっている小さな湯治宿の棟に泊まりました。 Oyuhan_2 湯治宿なので食事も体のことを考えたシンプルな玄米菜食で、しみじみ、おいしかった。。。

お風呂→おゆうはんのあとは、はやばやとぐっすりひとねむり。夜中に起き出してまた掛け流しの内湯につかり、また眠りました。朝食の前にもひと風呂。。。眠る、お風呂に入る、おいしいものを食べる、川の流れる音を聞く。ひたすらそうやって過ごせて、しあわせでした。

朝食後もまた露天風呂へ入りにいって、湯けむりが朝日に照らされて天使の梯子になってるのを眺めました。きれいだった。

ここの温泉に併設されているカフェが秀逸で、暖炉でパチパチ火がもえてるのと、足元には真鍮のパイプが渡してあって、中を温泉のお湯がながれているのとで、あったかくて、居心地もすごくよいのです。温泉水で淹れるコーヒーがまた美味。コーヒーを一杯飲んで、この日は沼津へ移動して、沼津アルプスを歩きました。

0043_xlarge 沼津アルプスは、高度は低いけど表情豊かなルートで、本によると日当たりも眺めもよくて「夏以外ならいつでも快適」とのこと。行ってみたら、なるほど、気軽に登れる高さでありながら、予想以上に楽しい山でした。

0050_xlarge_2 いったん稜線まで上がってしまうと、右手にはずうっと海が。香貫台というところから上がったのだけど、落葉広葉樹の多い明るいお山でした。おもしろかったのは、異なる樹種同士がとても仲良しなようすだったこと。

0027_xlargeこのクスノキとカゴノキは、もう一体化しているといっていいくらい。もっと若い木々も、違う樹種同士がお互いに腕をまわしながら成長していたりしました。歳のいった桜の幹に、青々としたつた植物が這って上がっているのも、初めて見た。0029_xlarge

沼津アルプスを案内してくれた本には、「山はいつも近くにあって、行こうと思えばいつでも行けて、行けば必ずいいことがあります」と書いてあったけれど、ほんとうだ。。。

林を抜けると相模湾を一望に見渡せる岩場があって、ひだまりであったまった岩に腰掛けてお昼を食べました。たのしかったな。Numazualps

下山するあいだも林は明るいままで、快適でした。急な下りのときにひざを少し痛めたかな、と思ったけれど、市街地に出てすぐのところに日帰り温泉があって、そこで一風呂浴びたらけろりと直ってしまいました(筋肉痛や神経痛にいいお湯だったそう)。

* * *

沼津は関東からわりと近いように思うのだけど、でも関東ではなくて東海なのでした。それを実感したのは、パスモとスイカが使えなかったときと、もうひとつ、地元のカフェで「小倉コーヒー」というメニューにでくわしたとき。

食べ物で一番すきなのがあんこといちご(ベリー類)なので、迷わず注文、人生初のあんこ入りコーヒーを味わいました。オリジナルなメニューを出すお店だなあ、と感心したのだけど、後で東海圏の友人から「小倉コーヒー」は東海では定番メニューだと教わりました。「しるこサンド」という、ビスケットのあいだにあんこ味のクリームがはさまっているお菓子も、先日岐阜で初めていただいて感激したのだけど、このお菓子もやはり、東海圏のみなさんのあいだでは知らない人はいないみたい。。。カフェでは必ず小倉トーストがある東海圏。この小倉文化はなんなのだろう。引っ越したくなってしまいます!

小田原とか熱海とか沼津とか、気候も温暖で、海と森とが両方すぐそばにあって、小倉文化もあってよいなあと、しみじみ思う。

20160122_093512 沼津の八百屋さんでは伊豆のいちごを見つけました。大好きな小粒タイプ。お値段も1パック200円台だったので、自分へのお誕生日プレゼントに迷わず買いました。消費税分の小銭が足りなかったのだけど、倍音のでる渋い声で「へい、いらっしゃい、いらっしゃい」と言っていたおじさんは、渋い声で「サービス」と一言いって、おまけしてくれました。かっこよかった。。。このいちご、甘さとすっぱさがちゃんと両方健在で、最高でした。

そんなこんなで、温泉に山に海、あんこにいちご、と大好きなものに囲まれて過ごせてしあわせでした。これだけでももうものすごいプレゼントなのに、相方はさらに、すごくおもしろそうな本(『森は考える』と『ムーミン谷の夏まつり』)と、わたしが中学生のときに聞きこんだ懐かしい音楽のアルバムを、プレゼントしてくれました。

中学生のとき以来聞いてなかった曲に、じいっと耳をすませていると、懐かしくて死にそうに。。。音楽は本当にタイムカプセルで、開けたとたんに当時の鮮明な記憶がぶわーとあたりに広がる。。。

しかし今聞いてもかっこいい。というか、今だからこの楽曲のすごさがわかる部分もあって。「昔のわたし」にとって懐かしいだけでなくて、これを今聴いている「今のわたし」にも響く音だってことが、すごいことに思えました。初めて聴くという相方も、しびれていたし。。。ほんものは時代超えるっていうことなんだろか。

* * *

旧暦(太陽太陰暦)の大晦日ももうあとすこし。新しい1年、オープンでいること、正直であること、しあわせをちゃんと望むこと、ご縁や世界とのつながりを大切にすることを基本に、和やかに過ごしていけたら、と思っています。こんな時代だけれども、というか、こんな時代だからこそ。。。

ご縁あっておつきいあいいただいているみなさま(ひとも、ひとじゃないみなさんも)、今後ともどうぞよろしくおねがいしますm(__)m

posted by な at 22:43| Comment(0) | ねがいごと

2015年10月05日

トトロのおなかの上で

20151003_130726 最近、夢のような次元であわやーく思う「願い事」が、叶うスピードが加速しているように感じます。これは世界的な現象なんだろか。。。

というのも、ついこのあいだ、ヤブガラシという植物と知り合いました(近所の森のお手入れのボランティアで、「つる切り」という作業をして、その帰りみち、バスケットづくりのために「野葡萄の蔓があそこらへんにあるから切っていいよ」と言われ、喜んで切って帰ってきたら、野葡萄と思ったそれはヤブガラシだった、という事件があって)。

そしたら、その翌日に、ヤブガラシのことを「とっても素直な植物なんですよ」と語り、蔓を切ったりすることなく、くるりと輪に丸めてそっと地面におくだけで、「藪を枯らす」ほどのヤブガラシの勢いをおさめる方法を伝えていらした矢野智徳さんのお話が、Facebookづてに流れてきました(矢野さんのご活動については小耳に挟んではいたのだけど、こうした具体的な手法を伝え聞いたのは初めてでした)。ネットで調べるとみんながヤブガラシを厄介者扱いしてるようだったのに、そのヤブガラシを「とっても素直」と語るその人に、「お会いしてみたいなあ」と、そのとき思って、そうしたらその1週間後、矢野さんがわが家のある地域のほうで、森のための「水脈づくり」を指導される現場に、参加させていただくことができてしまいました。

イギリスでグリーンウッドワークの合宿コースをやってらしたマイク・アボットさんのウェブサイトがネット検索で出てきて、素晴らしいコンポストトイレや、焚火での料理、テントでの寝泊まりという森での生活そのものに魅せられて、いつか行ってみたいもんだなあ、と思っていたら、半年しないうちにほんとうに行けてしまった、(しかも春に行けて感激してたら、イギリスでのお仕事のお話が舞い込んで、同じ年の秋にもう一度行けてしまった)、あのときも、こんなに非現実的な願い事がこうも早く叶うなんて、どうしたことだ、と心底びっくりしたのだけれど。。。今回もそうでした。

しかもお金のないわたしにとって、今回の参加費無料は、ありがたすぎました。。。(マイクさんのとこに行ったときも、春のはワークエクスチェンジ的なものだったので食費だけで森に1週間滞在させてもらってしまい、秋にちゃんとコースを受講したときは受講料をフルで払ったけれど、渡航費はイギリスでのお仕事をいただいたおかげでまかなえたのでした)。

ほんとうに、有難いことです、文字通りです。

(グリーンウッドワークは、その後、日本で学びを続けたくて、マイクさんにわたしよりもうんと早くから教わってきたグリーンウッドワーカーの方おふたりに、散発的ペースではあるけれど教わっていて、その講座も、受講料がものすごく、ものすごく、良心的で、内容は特濃で、ほんとにまたしても文字通り、有難いのでした。先月の講座もインスパイアリングで、そのことも書き留めておきたいのになあ。。次の回だ。。)

今日は、まず、矢野さんご指導の水脈づくりのことを。。

でもうまく内容を伝えられる自信はないので、自分が感じたこと・理解したことのみになってしまうのだけれども。体験としては、ひとことでいうと、これまでになく、草木、土、水、空気のつらなりを3Dで垣間見た、というような感じでした。

20151003_125358 雨となって地面に注ぐ水の動きが、本来の自然の動きに近いものになるよう、すでに人間が傷をつけてしまった地面を養生する、そんな作業が、「水脈づくり」の作業でした。具体的に言うと、宮脇昭さんのご指導で森林再生しようとしている場所があって(宮脇さんも植樹の方法論が有機的で、すごいなーと思っていた方なのですが、今回宮脇方式の森づくりと矢野さんの取り組みとが合体するのは初の試みなんだそうです)、そこに人が通るための道がつけてあるのだけれど、雨水が、道に集まって流れて地表を走ってしまう、その勢いをおさめて、水が縦に地中に浸透できるようにしていくための作業です。(写真は作業後のようす)。

道をつけてそのままになっていたところは、両サイドよりも低いために両サイドからも水が集まり、地表の土は、道の両サイドの地面の土も、道の土も、水と一緒に流され豊かな表層が育っていかないし、集まった水は早く斜面を駆け降りるため縦に浸み込まず表面を走るばかりで、雨が降っても地中は潤わない。地面の表面にはテカった膜が張ってしまっていて、空気も地中に入れなくなっていました。こうなると草木が茂れず、草木の根が元気に伸びられないために、地中のなかの隙間はさらになくなり、空気も水もなおさら地中に入りにくくなり、土がどんどん硬くしまって、なおさら草木にとっては生きにくくなる。。という悪循環。

一筋水が早く流れるルートができると、そこに向かって、さらに周辺の地の水も引き込まれていくんだそうです。水の習性。。なのでこの道の両側に広がる植樹地の健やかさが、かかっていることになる。

20151003_130719 そもそも草も生えていない裸地というのは、地球にとっては傷口のようなものなんだそうです。この傷口をなんとか塞ごうと草たちは一生懸命、生える。草木の根が、土留めになって、地表の土が流れるのを防ぐし、地中の隙間をつくって空気・水が地中に入っていけるようにして、地下水脈を育てるんだそうです。大きな樹の根は、地中でほんとに大活躍しているのでした。

本来の自然の地はどこもすべて、水が横に流れる動きと、縦に地中に浸透する動きは、常にバランスを保っていて、どちらかに偏ったりはしていないんだそうです。

それが過去50年の、コンクリで固める土木などで、地中はぎゅっと押し固められたまま、水も空気も通らないような状態になっているところが増えてしまった。窒息し、血脈である水脈がおとろえてしまった大地に草木ががんばって生えても、草木も元気に成長するのは大変だし、草木が元気でないと虫や動物たちも苦労を強いられて、暴れ出したりする。

それでも動植物たちは、みんなでがんばって、なんとかバランスのとれたところへ戻そうとしていて、だから草も木も生えてくる。そうやてみんながんばってるなかで、人間だけがマイナス方向に邪魔をしがちなのですね。。。草木を抜いて地面を丸裸にしたり、コンクリで表面を固めたり、土地の四方を囲んだり。。。

だから人間が邪魔をやめて、自然のみんながやろうとそている方向に協力的になっていくようにすれば(そしてその取り組みも、できるだけその場にある有機的な材料で行えば)、バランスのとれたところへ向かう動きは必ず加速するんだそうです。そしてそれは目にみえる結果が出るんだそうで、矢野さんはご自身の目で実際に見てきてわかったことを、シェアしてくださっているのでした。

20151003_111831 今回の作業のあと、どんな変化が期待できますか?という質問に、まず矢野さんは、近くにあった草の葉っぱをちょっとちぎって、陽に透かしました。「こうやって陽に透かすと、葉っぱって、こう、ぽうっと光りますよね」とおっしゃって、「今もこの葉っぱは、まったく光ってない、ということではないけれど、今日の作業で大地の水脈が育ってくると、この光り方がね、強くなります、もーっとこう、ぽうっとね」。

それから道の両サイドに生えている木々については、今黄変をおこしている葉っぱが緑になってきます、と(黄変と紅葉は違う、と説明したうえで)。あとは木々の芽が、もっと充実した感じになるし、全体に、みんな元気になってくる、それが体感としてわかるはずです、とのことでした。この説明のどれもに、ぐっときた。。。

20151003_111854黄変については、樹のどのへんで起きているかも見るといいそうで、黄変が起こっているのが下枝の場合は地面の表面近くの問題、上のほうの枝の場合はもっと深い地層の問題なんだそう。わたしの横に立っていたトベラは、まさに一番下の枝に黄変が起きていました。

矢野さんが強調してらしたのは、地中の水の動き(地下水脈)には、空気の動きが先行する、という点でした。これを何度もおっしゃっていた。目にみえないから見過ごされがちだけど、まず、大気中の空気、これが土中に入っていって動かなければ、水は動かない、と。

ストローの中に水があっても、片方の口を指で押さえたら、中の水は動かなくなる。あれと同じこと、と。

20151003_131156大地全体が呼吸をしていること、それを阻害しないことの大切さを、しみじみ、思いました。そしてそれがどれだけ、全体(草木、動植物、わたしたち)にとって、大きいことか、を。あと、地表をカバーする草や落ち葉枯れ枝、みんなが大切な役割を担っている、ということも。

たくさん雨が降ったとき、川を見ると、水は澄んでなくて泥水になっている。それをわたしは当たり前だと思っていたけれど、自然本来の状態ならば、たくさん雨が降っても地表の泥が川に連れ込まれることはなく、川の水は澄んでいるんだそうです。そして豊かな森では土はかならずふかふかに柔らかい(これは自分も体感として知っています)。

自然の仕事を邪魔しない、ということを、ミクロレベル(自分の庭)からマクロ(地球全体)まで、もっと考えて、実行していきたいな、と思ったのでした。はからずも、この「邪魔をやめる」とか「本来のデザインに協力的になる」というのは、自分自身(の心身)のレベルでは、アレクサンダーテクニークで、ずっとすったもんだしながら学ぼうとしてきたことで、(いまだにすったもんだしてるけれども)そうなんだ、もっと尊敬して信頼して協力していくことなんだよね、わたしがああだこうだコントロールするんでなくてね、とまた別の側面からヒントをもらっているようなふうです。

矢野さんのおっしゃる「水の動きには空気(風)が先行している」というのも、心身の感情の方向には思い(込み)が先行している、ということを思い出させるな。。。

20151003_125408それに、今回の作業で、雨水が道の表面を高速で走っていかないよう、小さな横木で堰をつくり、さらに地面の表面に炭をまいて、枯れ草をたくさん敷き混んだのだけど、こうして水の速度をちょっと緩めることで、本来あるはずの水の動き(縦に浸み入る部分)も起きるようになる、そのしくみも、アレクサンダーでいうところの「抑制」に近いように感じました。

地球をひとつの大きな有機体ととらえることが、なんだかリアルでした。矢野さんが最初に「みなさん今日は、トトロとかゴジラとかのおなかの上でこの作業をしているんだ、というようにイメージしていただくと、わかりやすいかと思います」とおっしゃったときは、「??」と思ったけれど、作業が終わるころには、なるほどそうか、と体感が来た。。。

生きものの上に暮らしているんだ、という自覚を持つこと。。それってかつてネイティブアメリカンの方や土地に根差した暮らしをしていた人たちはほんとうに普通に持っていたんだろうなと思う。

 

* * *

20150928_150301_2 20150928_164714_2 話しは大きく戻るけれど、矢野さんとのご縁をとりもってくれたヤブガラシという植物(野葡萄と間違えて連れ帰ってきちゃった蔓)は、結局、バスケットに編み込んでみました。

森のお手入れボランティアの「蔓切り」作業中に、切った蔓の中でしっかりしたのを少しもらって帰ってきてたので、それらとヤブガラシを組み合わせて、編みました。カラスウリ、ヒヨドリジョウゴなどとのまぜこぜバスケットになった。

Dsc00558 蔓でバスケットを編む場合、まず蔓を一度乾燥させてから、編む前に水に少し浸しておいてやわらかくして編む、というのが一般的だと思うのだけど、前回同様、またしてもグリーン(切った直後)の状態で編んでみた。

20150928_204520 20151005_145535乾燥するとどうなるか、見てみようと思ったのでした。1週間経って、だいぶ乾燥して、蔓の太さがやせました(写真左はできたて、右は1週間後)。結果的にバスケットの編み目にすきまができた。

前回グリーンな状態でジャスミンの蔓で編んだほうのかごは、みだれ編みにしたので、隙間の変化がわからなかったので、今回はっきりわかっておもしろかったです。

20150207_104438_2 20151005_145419 ジャスミンかごの場合はこんなふうでした。左が出来たて、右が現在(7ヶ月後)。

ああ、ひがな、有機土木や身近な生活道具の手づくりとか、そういうことを学んだり実験したりできる暮らしだったらいいのにな。。

仕事に戻らないと。。でもお金のための仕事と暮らしが切り離されてなくて、全部まるごとただ生活する、というふうになれたらなあと思う。。。お金の要らない暮らし、ゼロ円経済圏、などとつらつらと考える今日です。

posted by な at 15:55| Comment(0) | ねがいごと