2007年06月11日

ひめゆり

S400himeyuriposter001 「ひめゆり」という映画を、今日、パートナーと2人で見に行ってきました。

感じたことを、まだ、言葉にできそうもないです。

でも、ひとつだけ、それぞれの体験を、語る、伝えることの、力について。

書物や授業で習う、3人称の「客観的事実」ではない、ひとりひとりの、1人称の、体験は、

私の耳と心を、その「事実」へ、もっとちゃんと、開かせてくれました。

語ってくださった生存者の方たちに、
それから語らずにいる方たち、語れないでいる方たちにも、
それから、メディウム<媒体>として、声を運んでくださった監督さんにも、
深く、頭が下がります。

戦争というものを、概念、コンセプトでしか知らないのに、戦争ってどんなものかわかっているつもりでいた自分に、気づきました。

と同時に、数年前、プロセスワークのセッションを受けたときに、「戦後は終わっていない」という言葉に、胸の奥が激しくうずいたことを、思い出しています。知ろうとしてこなかった、ほぼなにも知らないはずの自分の、どこから、あの感覚が出てきたのか、わからないけれど、人は明確な意識上で教わっていないことでも、言葉にならない無意識な感覚として受け取っていることが、あるように思います。

情報としてハッキリしていないから、脇にやるけれど、でも実はずっとそこにある、というような。

それは、気づく、ということのエネルギーを注がれるのを待っている、意識の物陰の部分なのかも。。

生存者の方たちの証言は、明るく強く、そのエネルギーを注いでくださっているように思います。

■長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」(2006)
共同製作:財団法人沖縄県女師・一高女ひめゆり同窓会
製作・配給:プロダクション・エイシア

監督:柴田昌平
東京・ポレポレ東中野で公開中

posted by な at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | えいが
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186232132

この記事へのトラックバック