2019年03月07日

自然を愛することと、声を上げることと

Img_7329 ボストンでは、学校へ歩いて行けるところにある、猫のいるAirBNBにお世話になりました(猫が決め手でした)。学校から帰ると毎晩猫の(は)くんが部屋に来て、マッサージをサービスしてくれるのでした。おかげさまでとても休まった。。外は雪がつもってて、 気温も零下だったりしても、おうちのなかはぽかぽかで、しかも猫がいる、というのは幸せなことでした。(は)くん、ありがとう!Img_7654

おうちに住んでいるのは男性が禅宗の僧侶、女性がアーティストでアートディーラー(かつてはパイのケータリング業もしてた)というアメリカ人カップル。お借りしたお部屋はおふたりの”図書室”で、哲学から料理まで、膨大な数の本に囲まれて眠りました。本の種類もタイトルも興味深いものばかりだった。。Img_7399

僧侶の(じょ)さんは、私たちが滞在しているあいだに、教鞭をとっている短大で初の句会をやったんだよと、その時できた俳句を見せてくれました。

それで亡き祖父が俳句に入れ込んでいたことを思い出して、帰国してから少しネットで調べてみたらば、1930年代〜40年代に「旗艦」という同人誌に関わっていたことを初めて知りました。

この同人誌のことをさらに調べていったらば、第二次大戦に日本が参戦するという時期に、治安維持法のもとに反戦句を書いた俳人が弾圧されていた、という事実に突き当たり。。びっくり。留置所で数ヵ月に及ぶ尋問あるいは拷問を受けたり、無理矢理に自白手記を書かされたりして、検挙された44人のうち13人が懲役2年(執行猶予3年ないし5年)の刑を受けたとのこと。同人誌「旗艦」も弾圧の中で廃刊になり、検挙されたあと一切書かなくなった俳人もいて、「花鳥諷詠」(俳句は自然の美のみをテーマとすべしという)を唱えた流派だけがその後残って俳壇を圧倒していった経緯を知りました。

花鳥諷詠の俳句は好きだけど、これを知ったいまは、アンビバレントな気持ち。花鳥諷詠を提唱した有名な俳人が、戦争を礼賛する句を書いていたこと、俳人仲間(中にはとても近しい仲間)が検挙されることに異を唱えず、検挙されたあと病死した仲間のお葬式にもいかなかったこと、ショックです。(くわしくはこの記事に:http://www.alter-magazine.jp/index.php…

祖父が書いていたのも花鳥諷詠の俳句しか私は知らないけども、それが祖父が自由に選択したことだったのかどうか、疑問に思いはじめてしまった。。

このことを明るみにしてくださった俳人、マブソン青眼さんが、長野に「檻の俳句館」を開館されていることも知りました。檻の中に、検挙された人の句が展示されてる。

花鳥諷詠が、大事なことに対して声を上げることから遠ざかるための、逆の極になっていたこと。。これについて考えていくと、自分の中にも自然を深く愛する気持ちがあるので、複雑な気持ちになります。ノーベル文学賞を受賞して「美しい日本の私」というスピーチをした川端康成と、その後にノーベル文学賞を受賞して「あいまいな日本の私」というスピーチをした大江健三郎、このふたりに象徴されるものも思い出されてきたり。

B3b80bc19d7f43a3803040c024a3e83c 自然のただなかで、自然を深く愛しながら、市民的不服従の声も上げていた、ソローのことも思い出されてくる。

 

posted by な at 00:00| Comment(0) | 気がかり
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